東北太平洋沿岸に走る全長1,025kmの長距離自然歩道、みちのく潮風トレイル。町を歩いて峠を越え、谷を下って海に出る。バックパックひとつとたくさんの人に支えられて歩いた2020年秋の二ヶ月を、残した写真と、一緒に歩いた地図をお供に連れて、一歩一歩思い出しながら書いていく。

地図の驚き

 漁港を抜けると、ジグザグとした坂に差し掛かる。本来なら緑の中、眼下にちらちらと見える海を横目に心地よい汗をかきながら歩ける気持ちの良い道だと思うのだけれど、前回書いたようにこの日は体調が最悪だったのだ。だから少し、いや、この日の道の中でここが一番つらかった。全然終わる気配を見せずグネグネとしつこく往復を繰り返す坂道に腹を立てては、トレッキングポールを頼りにヨボヨボと登っては止まりを繰り返す。宿に連絡しておいてよかった。この調子じゃ、この先歩き続けても到底気持ちよくは歩けなかっただろう。
 なんとか坂を上りきると、展望所に続く道、バス停のあたりだろうか、小さく開けた場所に数人のおばあさんたちが集まっておしゃべりをしていたのを覚えている。こんにちはと挨拶をして、看板を見ながらくろさき荘へ進んだところで、ちょっとしたことに気が付いて足が止まった。到着したはいいものの、昼というにはまだ早い。昼に着きますと言っておいて10時に着いてしまっては都合が悪いのではないか?もう少し時間を空けてから行こうと決め、入り口の脇に設置してあった自販機でジュースを買い、周辺の観光地がまとめてあるマップを見て時間をつぶしていたのだけれど、地名のところでふと違和感を覚えた。「周辺」の観光地をまとめたその地図の北端に、私が5日前に出発したはずの「種市」という地名が乗っていたのだ。ゼロデイがあったとはいえ、今日も含めてここまで来るのに5日もかかったのに、そんな遠いところまで”周辺”に含んでいいのか?!…と、そこまで考えてやっと思い出した。
 そうだ、私は歩いてここまで来たけれど、一般的な交通手段は徒歩じゃなくて自動車なのだった!
 長い旅の中、”歩く速度”というものをはじめて実感したのがこの時だった。ほぼすべてが歩く速度の中で起こるこの旅では、気が付いた時にはもう、見えるものも、出会う人も、そして世界の広さまで変わっていた。いままで車に乗せてもらって走り去ってきた道も、歩いていたらきっと全然違うものに感じられたのだろう。世界は自分がどこの視点に立っているかでこうもあっさり姿を変えてしまう。長い距離を歩くという行為は、その自分が立っている場所を変えていく。見えていなかったものが見えるようになったり、見えていたものが見えなくなったり。こうやってふと振り返った瞬間に、自分の当たり前が塗り替えられていたことに気付くのだ。人と人との感覚の違いはどうやったって埋めきれないけれど、こうやって今まで知らなかった感覚がまかり通る世界に入ることで、世の中には自分の持たない感覚で進んでいる世界が、たくさん並行して存在しているのだということだけはわかるのではないだろうか。

くろさき荘到着

 連絡した時間まで待とうと思ったものの、足を止めていると体温が下がってきてだんだん寒くなってくる。しょうがない、少し早めについてしまったと言ってフロントで待たせてもらおうと入り口をくぐった。フロントで待っている間、台風が近づいているというニュースをテレビで見ながら、今週の旅は短かったなあなどと思う。久慈で休みを取ってから3日しか経っていない。ここから数日は雨で歩けないから、もしかしたら休みの日の方が多くなるかもなあとほんの少し罪悪感を感じる。自分で歩きたいから歩いているのだから、歩けないときに歩けなくても気にすることはないのだけど。
 部屋は数分後には入れるようになった。いきなりだったのに、すみません。宿のみなさん、あの時はありがとうございました。

部屋から見た海

 歩いている最中は気が付かなかったのだけど、宿に着いてからあの謎の腹痛の原因は生理痛だということに気が付いた。私は全部で2か月歩いていたから生理が来るのは当然だ。通しでトレイルを歩こうとしている方がいたら、生理の時は無理に歩かず、そろそろかなと思う辺りで宿を取っておくのがおすすめです!余裕をもって数日取っておいた方がいいかもしれません。生理に限らず、体調が悪い時は無理に歩くとケガをしたり、そもそも楽しく歩けないから休むのがいいと思います。私もいつかもう一度、万全の状態でネダリ浜を歩きに行きたいなあ。

歩いているときのゴミ事情

 荷ほどきをして、Facebookの投稿をし、少し寝て、おいしい夕飯、就寝。この日はこんな感じだったと思う。
 正直あまり覚えていなくて、覚えていることは数日ぶりに食べたタンパク質とあたたかいご飯がおいしかったということくらいだ。お昼はくろさき荘の売店で売っていたインスタントラーメンだったと思うのだけど、「屋根」と「壁」のある自分だけのスペースで、ごみの捨て場を気にせずに食べられるご飯の時間は楽しかった。カップ麺はカップの分荷物のスペースを取ってしまうので、歩いている間はあまり進んで買えない。考えてみると、歩いている間は基本常に自分の出したゴミを肌身離さず持ち歩いているわけだ。出たゴミはビニール袋に入れた後ジップロックの中に密閉してできるだけにおいが出ないように持ち運ぶのだけれど、何日か経つと袋がパンパンになってきて一刻も早く体から離したいと思うようになってくる。その上歩く前ににおいが出るとクマが寄ってくると聞いていたのでなおさらだった。
 生活している中で自分が直接的に関わるものだけでもこんなにゴミが出るのかと実感したのと同時に、こうやってゴミをどこかに捨てられたからと言って、出したごみが無くなるわけじゃないのだよなあと今思った。なんだって見えなくなったら終わりじゃない、見えなくして安心したいだけなんだ。でも、本当にそれでいいの?

たくさんの小さな人が、たくさんの小さな場所で、
たくさんの小さなことをする。
それで世界は変えられる。

 これは、アフリカのことわざだ。
 変えていかなくてはいけないたくさんの問題が、情報化によって毎日否応なしに耳に入ってくるこの時代。私は今20歳だけれど、小学校の頃の教科書には既に「持続可能な社会」という言葉が載っていたような世代で、それもあってか、日々ニュースやSNSに溢れる様々な問題を見ていると、罪悪感で押しつぶされそうになるときがある。環境問題に限ったことではなくて、問題がわかっているにも関わらず日常的にその原因となっているものに囲まれて生きていると、いっそ全てから目をそらしてしまいたくなる。
 けれど、それは本末転倒ではないだろうか?そうやって大きな視点で世界を俯瞰したつもりになって慨嘆しても、いいことってあまりない。と、最近思うようになった。世界というのはきっと、1人1人の生活が寄り集まってできたものだ。日常に視点を下ろしていけば、楽しいこともあるし、昔より良くなったことも、自分が気を付ければ変えられるところもある。
 たとえば私は今年始まってから、ペットボトルを極力買わないようにしている。最近いつ買いましたか?と聞かれて、すぐには思い出せないくらいには買っていない。代わりに水筒を使っているのだけど、習慣になってしまえば案外面倒でもないものだ。
 自分一人がこの地球に占めている大きさなんて塵ほどもないのだから、つまるところ私にできるのは、この自分の日常を、無理のない範囲で変えていくことくらい。何もかもから目をそらしてしまうことはもちろん、罪悪感に追われ、楽しくないように自罰的に生きることも、自己満足に過ぎない。人によって変えられるところは違うと思うから、主体はやはり自分にあるのだ。まずは、自分のどこかを1ミリ変えるところから。
 地図の上から人は見えない。けれど、点にさえならないその一歩一歩がつながって、地図の上から見える距離になる。歩く旅にも似た構造で、世界と日常はつながっている。見えないことは、存在しないことと同義ではないのだ。
 まずは自分が1ミリ変わる。すべては日常から始まる。
 これは脅迫ではなくて、きっと希望だ。

夕ご飯