このレポートは、「日本の廃道」2008年12月号に掲載した「特濃!廃道あるき vol.18」をリライトしたものです。
当記事は廃線探索をテーマにしており、不用意に真似をした場合、あなたの生命に危険が及ぶ可能性があります。当記事を参考にあなたが廃道へ赴き、いかなる損害を受けた場合も、作者(マイみちスト)およびみちこ編集室・道の駅連絡会は責を負いません。
所在地 秋田県男鹿市
探索日 平成20(2008)年12月3日
「廃隧道がない」―― 男鹿半島
男鹿半島といえば、「なまはげ」というくらい全国的に名前が知られているが、半島そのものは、寒風山や入道崎など著名な観光地を含む山海が複雑に絡み合った、純朴な自然の宝庫である。秋田を自身の廃道探索活動のルーツとする私は、学生時代から半島の隅々まで自転車で走り尽くしたような気持ちでいた。
その経験から導かれた私の中での男鹿のイメージは、廃墟は多いが廃道は少ないというものだ。これが男鹿半島に対する、オブローダーとしての評価でもある。そんな男鹿半島の「廃道的不作」を象徴する現実として、男鹿半島にはただの一本も廃隧道がない…という事が挙げられる。
だが、これは誤りだった…!
5万分の1地形図「船川」の昭和28年版に、1本のトンネルが描かれている。
このことに気付いたのは、平成20年だった。当時の私は、県内にはもう見つけていない廃隧道はないと、いささか思い上がりのような自負を持っていた(そして、今もまたそう思っている)。だが、この変な自信を打ち砕く発見は、いつであっても大歓迎だった。
これは同じ場所を描いた昭和44年版の地形図だ。○で囲んだ位置にあった隧道が、すっかり消えていることが分かる。そしてこのまま、現在の最新の地理院地図に至るまで、隧道の表記は復活していない。
また昭和38年版も調べたが、そこには28年版と同じ隧道が描かれていた。一方で古い版へ遡ると、大正元年、同14年、昭和14年版のどれにも隧道は描かれていなかった。
まとめると、隧道は昭和28年版と38年版にのみ描かれていて、前後にあたる昭和14年版や44年版には描かれなかったということになる。今は描かれていない隧道、つまり――
男鹿で初めて廃隧道の在処を発見。
改めて昭和28年版地形図を精査していこう。
隧道が描かれている道は、この地図中で黒い実線で表現されている。これは幅1~2mのいわゆる軽車道を示す記号だ。また、近くには「軌道」として描かれている道がある(赤線でハイライトした部分)。
だが、現地探索の翌日に再び現地へ行き行った聞き取り調査によって、隧道が描かれている道もまた、軌道だったことが判明した。
つまり当時この場所には枝分かれした2本の軌道が存在した。軌道といってもピンとこないかもしれないが、いわゆる森林鉄道であった。森林鉄道は、本シリーズ読者にはもはや説明不要であろう。
ここにあった森林鉄道の名は、男鹿森林鉄道。そして隧道があったのは、仙養坊支線という名の支線であった。
■注記■
探索当初は支線名が判明せず、真山支線という仮称で呼んでいたのだが、探索から4年後の平成24年に刊行された『国有林森林鉄道全データ東北編』によって、この正しい支線名が判明した。
男鹿山国有林と男鹿森林鉄道について
男鹿半島といえば海の風景を思い浮かべる人が当然に多いと思うが、海以外は全て山岳であると言ってもいいくらいの山岳地帯である。八郎潟を抱く大きな砂州で本土と繋がって半島を形成しているが、地質的に見れば、半島主要部は日本海に孤立して浮かぶ火山島であり、その中には火山形状をよく残している寒風山をはじめ、半島内最高峰の本山(標高716m)を含む男鹿三山など、多くの山々がひしめき合っている。
寒風山と向き合う男鹿三山東麓の広い裾野は、藩政期から杉の植林が盛んに進められたところであり、これが「男鹿山国有林」となった明治以降は、県央部における主要な秋田杉の産地となった。
このような背景から、青森県の津軽森林鉄道とほぼ同時期である明治42年という全国的に見ても非常に早い時期に、男鹿森林鉄道は開設をみている。
次に掲載するのは、『国有林森林鉄道全データ東北編』より抜粋した男鹿森林鉄道の路線データである。
【男鹿森林鉄道(本線)】
全長:10080m(最長時)
起点:男鹿貯木場(羽立)
終点:男鹿山国有林
開設:明治42年
廃止:昭和34年
【男鹿森林鉄道 仙養坊支線】
全長:4760m
起点:中村付近
終点:桐ノ沢
開設:大正5年
廃止:昭和34年
男鹿林鉄の本線については、本編より前の平成16年12月に一度探索しており、「山さ行がねが」でレポートを公開【リンク】している。今回探索して紹介するのは、その先に続く仙養坊支線の隧道前後の区間だ。
本編は、軌道跡の全線踏破ではなく、男鹿半島にあった“知られざる隧道探し”に主眼を置いた探索である。
以前の探索より、男鹿林鉄の風景を少しだけ紹介
男鹿森林鉄道の本線は、海岸沿いの羽立地区と、半島で一番長い川である滝川の上流を占める広大な国有林を結ぶ路線で、以前探索したのはこのうち下流側の半分ほど。この区間は全体的に非常に穏やかで、沿線はおおむね田園風景である。軌道跡は農道や自転車道に転用されているが、築堤やガーダー橋などが豊富に残っており、見どころは少なくない。
途中にある見事な切り通し。周辺は峠らしい感じもない田園地帯だが、実はここで半島の南北海岸を分ける低い分水嶺を越えている。
次回から、探索本編スタート!