このレポートは、「日本の廃道」2012年8月号および2013年4月号ならびに5月号に掲載した「特濃!廃道あるき 駒止峠 明治車道」をリライトしたものです。
当記事は廃線探索をテーマにしており、不用意に真似をした場合、あなたの生命に危険が及ぶ可能性があります。当記事を参考にあなたが廃道へ赴き、いかなる損害を受けた場合も、作者(マイみちスト)およびみちこ編集室・道の駅連絡会は責を負いません。

所在地 福島県南会津町
探索日 平成21(2009)年6月26日

6:24
12番目の切り返し

以前に現在時刻を示したのは第6番の切り返しだったが、そこから倍数となるこの12番切り返しまで何分かかったか。答えは6分間。たった6分だ。この間、1分に1度という、徒歩としては驚くべきハイペースで切り返しを重ねてきたことになる。そして次の13番目のカーブもすぐ先に見えている。

これほどハイペースで切り返し続けているが、あまりに景色の変化がないので、ワンパターンで単調に感じる。ずっと同じようなカラマツ林の中でササが茂る緩斜面をウネウネし続けているのだ。

変化を求めて、山の上の方に目を向けると、朝日を浴びて黄緑色に明るく輝く稜線が見えた。これは望ましい変化であった。その稜線こそは、いま取り組んでいる最初の切り返し連続地帯の終着地だから。見えてきたぞ、次なる舞台が。

そしてすぐに第13番の切り返しへ。地形図に描かれている最初の切り返し連続地帯の曲がりの数は14だったが、この時点で、もっと多いことが確定した。なにせこの場所からは、14番目と15番目の切り返しが遠望出来た。本当に淡々と登っている。

これは、第15番の切り返しから、登ってきた斜面を見下ろした写真なのだが、よ~~~く見て欲しい。 

見えるだろうか……?

地面に刻まれた、段々畑のような起伏が…!

分かりにくいと思うので、道の位置を示した補助線を入れてみた。足元が15番、左に見切れて14番、そこから13番、12番、11番までが、肉眼ではっきりと見通せた。補助線入りの画像で目が慣れたら、もう一度補助線なしを見て欲しい。見えてくると、ちょっと感動しない? 100年以上の昔を生きた人たちが遺した、明治の道路のひっそりとした主張を、感じるでしょ? 

九十九折りが蜿蜿と横たわっている部分を遠望で1枚の写真の中に少しでもたくさん入るよう撮してみた。九十九折りが折り重なっている範囲は、周りよりも目通しが良く遠くまで見通せるカラマツ林の範囲と、だいたい一致している。

6:29
16番目の切り返し

これは16の切り返しだ。そしてここに来て大きな変化が。カラマツ林の上限に達したのである。ここより上は密生した雑木林になっていて、見通せない。またこの場所は、ここまでで最も良く道形が残っており、地面が広々としていた。

そして結論から言うと、これが最初の切り返し群に所属する最後のカーブだった。この位置の標高は約940mあり、16回の切り返しで稼ぎ出した比高は70mだった。また歩いた距離はおおよそ900mで、所要時間は21分間。ここまでは、とりあえず、順調。

だが、まだまだ旧駒止峠の全体から見れば、入口をくぐっただけの位置である。前衛であるところの小峠さえまだ先だ。この水平的に西へしばらく進んでから、もっとスケールの大きなスパンで切り返す第2群の九十九折りを攻略しなければならない。

6:33
石垣出現!

現われた!

明治車道の真骨頂(これしかないって言わないで…!)

路肩に積まれた

素敵な石垣!

この素朴な姿をした石垣、さまざまな大きさの岩石をパズルのように積み上げた、野積み、あるいは乱積みと呼ばれる、原始的な手法で作られていた。予め同じ形に整形された石材を使うのではなく、どこか近くの岩場から、ノミやタガネといった道具で、人の手により切り出された石材が使われている。

石垣は決して珍しいものではなく、古い道路で最も頻繁に見つけられる道路構造物だが、私はこれが凄く好きだ。一つ一つの石は、顔も知らないどこかの誰かが、この場所で汗した成果である。もし自分がこれを作るとしたら、この写真1枚分だけでも、何ヶ月かかるだろう。しかも、上手に積めなければ、絶対に100年後の誰かに見つけてもらうことは出来ない。人の手だけが成せる仕事のわざを、私は愛している。そしてそれを真っ先に見つけられる廃道探索が、何よりも好きだ。

これは路肩に石垣が作られている道路の山側の様子だ。地表に大小さまざまな岩石が露出していて、ちょっとしたロックガーデンみたいだ。この辺りは稜線が近いので、雨水の浸蝕作用を堆積よりも早いペースで受けている。それで岩石だらけの地形になっているのだろう。最寄りのこの場所でいくらでも掘り出せる岩石で、石垣は作られたと思う。

石垣に気を良くしながら、西方向への坦々たるトラバースを続けている。トラバースとは、水平に近い移動のこと。等高線に沿って、すなわち山の起伏を横方向へ回避しながら、水平もしくは緩やかな上りや下りで山肌を進むことをいう。

一般的に廃道探索でのトラバースは、広い山腹を連続的に横断するために、土砂崩れで道が寸断されていることがよくある。上下方向の移動である九十九折りの区間と比べても、危険な場面に遭遇することが多いのだが、今回のトラバースはとても平和である。由緒ある街道を思わせるような落ち着いた佇まいだ。道幅も広々としていて、明治の道の面目躍如たるものがあった。三度笠を被ったいにしえの旅人が、ひょっこりカーブの向こうに現われそうな雰囲気。

広々とした路肩から下界を覗くと、戸板川の谷を挟んだ北側の山腹に広がるゲレンデがよく見えた。もっと低い位置に国道があるが、木立に隠れて見えない。

6:49
第2の九十九折り群の始まり

前の九十九折り群の最後の切り返しから、平和なトラバースを進めることおおよそ20分、700m。小峠に迫る第2の九十九折りの始まりを告げる久々切り返しが現れた。トラバース区間内では結局1本の等高線も跨がず、登ることを放棄していたが、ここからはまた登るために何度も何度も切り返していく……はずだ。

ああっ!

切り返しに立って、山の上方に目を向けたところ、おおよそ20mほど高い位置に、

先ほどよりもさらに規模の大きな石垣を発見!

森の中に無言で佇む巨大な石垣。
その姿は、遺跡という言葉が最も似合う。

人類の歴史から見れば、まだまだ最新世代とも言えそうな、たかだか100年前の道路の跡であるが、1万年前の石積みと何か違いがあるとも思えない姿である。最近の我々は、少々忙しなく変化しすぎているのかも知れない。
なんてな。

大峠を攻略するには、まずは小峠。小峠を目指して進むぞ!