東北奇譚巡り
不思議な話が集まるまち、遠野 ①

岩手県中部のやや南に位置する遠野市は、四方を北上山地の山々に囲まれた盆地である。地形的には一見、人の出入りが少ない印象を受けるが、その実かつては岩手県の内陸と沿岸を結ぶ交通の要所として栄えた歴史を持つ。

遠野の名を知る人の多くは、柳田國男の著作『遠野物語』からであろうか。柳田もこの書籍の序文では、花巻から遠野を目指す道中が北海道よりも何もない原野だったと触れた上で「遠野の城下はすなわち煙花の街なり」と、その栄えように驚いた様子を書き残している。

山に囲まれた閉ざされた地形でありながら、周囲の地域から頻繁に人が出入りしていた遠野。外から来た人々が語る奇怪な出来事は、遠野の人々にとって大きな娯楽だったのかもしれない。

物語がこの地に集積し、人々の口々に語り継がれるようになった。明治期に遠野で実(まこと)しやかに語られていた噂話や世間話を書き留めたものが『遠野物語』である。

さて、それでは『遠野物語』にも登場し、未だミステリアスな空気を醸し出す遠野の奇々怪々なスポットをご紹介しよう。

遠野市綾織町にある卯子酉(うねどり)神社は縁結びの御利益で有名な場所だ。境内に張り巡らされた縄には無数の赤い布が結びつけられており、異様な光景が広がっている。

この布は100円の初穂料で手に入れることができ、願いを書き左手だけで縄に結びつけることで願いが叶うというジンクスがある。『遠野物語拾遺(しゅうい)』三十五話にも卯子酉神社の効力についての記述がある。

遠野の愛宕山の下には卯子酉様の祠がある。その側の池には片葉の葦が生えるという。昔そこには大きな淵があったらしく、その淵に住む主に願いをかけると、不思議と男女の縁が結ばれたそうだ。

その信者のなかには、時折淵の主の姿を見たものもいるという。今では淵は跡形もないが、卯子酉様のご利益を得るために多くの人々が訪れている。

こんな話を聞いたことがある。遠野の道の駅では、バレンタインの季節になると、チョコレート関連の商品をこの卯子酉様の赤い布と一緒に販売していた。この赤い布の取り扱い担当になった女性社員から良縁に結ばれ、結婚するということが数年続いたそうだ。

遠野市民の中には、夫婦喧嘩をした時に仲直りのために参拝する方もいるという。ぜひみなさんも、良縁を得るために訪れてみてはいかがだろうか。 

遠野雲海
遠野雲海
遠野では夏から秋にかけて雲海を見ることができる。
盆地の遠野がすっぽりと雲に沈んだ光景を見ると、
どこかミステリアスな空気を感じざるを得ない
卯子酉神社の境内
卯子酉様
境内に張り巡らされた縄には無数の赤い布が。
結ばれたいと願う人々の想いが風に揺らめいている

岩手県遠野市の地図

プロフィール
小田切 大輝

岩手県遠野市を拠点に活動する怪談語り部・作家。遠野で暮らしている際に聞き集めた現代の怪談・奇譚をまとめた『遠野怪談』を2024年4月に竹書房会談文庫より出版。岩手県各地で怪談イベントに登壇している。

書籍「遠野怪談」