東北奇譚巡り
鬼の棲むクニ 津軽 ①

森県津軽地方に位置する岩木山は、津軽富士とも呼ばれ、その姿を津軽のどこからも見ることができる。聖なる山として古くから信仰の対象とされ、津軽人のかけがえのないシンボルとなっている。

この岩木山には鬼が棲むとされ、津軽には鬼に関する伝説が多く残されている。その中には善行をする鬼の伝説もあり、津軽では鬼は恐れる存在よりも愛すべき存在とされてきた。今回は、そんな津軽の善鬼について紹介したい。

弘前市と鯵ヶ沢町を結ぶ県道31号線沿いにある鬼沢は、りんごと米作が盛んな地区で、その豊かな土壌を作ったのが鬼だといわれている。

昔、この地に弥十郎という青年が住んでおり、ある日のこと岩木山で鬼と出くわした。鬼は無類の相撲好きで、弥十郎に相撲を申し込んだ。二人は相撲をとると仲良くなり、その後も親交を深めていった。

そんな中「田さ水を引いても、すぐに枯れでしまってよ」と困った弥十郎の話を聞いた鬼が、山から堰をつくって田に水を引いてくれた。これには弥十郎をはじめ村人たちも大変喜び、鬼がつくった堰のある土地として「鬼沢」と呼ぶようになった。

以来、鬼沢の人々は鬼を鬼神様として祀り続けきた。その鬼が祀られているのが集落にある「鬼神社」だ。鳥居の扁額に書かれた鬼の字には、上部の「ノ」がなく、ツノがない優しい鬼を表しており、拝殿には数多くの巨大な鉄製農具が奉納されている。

こうした信仰が残る鬼沢では、節分の豆まきはしない。端午の節句には鬼が嫌うヨモギや菖蒲を飾らないという家が今も多くある。 

岩木山
岩木山
標高1625mの青森県の最高峰。
山岳信仰の対象で秋の『お山参詣』には
津軽一円から人々が参拝に訪れる。
鬼神社鳥居の扁額
鬼神社鳥居の扁額
鬼の字には角を表す「ノ」がない。
「きじんじゃ」と呼んだり表記されてることがあるが
地元では「おにじんじゃ」と呼んでいる。

青森県津軽地方を指す地図

文・鶴乃 大助(怪談作家)

青森県弘前市在住。怪談好きが高じて、イタコやカミサマといった地元のシャーマンと交流を持つ。津軽弁による怪談イベントなどを県内外で精力的に行う。共著に『青森怪談 弘前乃怪』『奥羽怪談シリーズ』『秋田怪談』など。最新刊に『青森の怖い話』(竹書房)がある。 

鶴乃代助さんの著作「青森の怖い話」