1 「道の駅やまだ」から霞露ヶ岳(かろがたけ)へ

2021年4月10日、途中宿もなく水補給ポイントも少ない船越半島攻略については、本来なら途中どこかでテント泊を挟んで二日間で歩くのが順当だ。しかし今回は、限られた日にちの中でなんとしてもその先の重茂半島から海のアルプスエリアを一気に歩いて福島県に戻り、南端ゴールの松川浦を目指して最後の二日間を歩ききりたいと考えていたので、ここは強行軍で一日でクリアすることにした。

船越半島・大浦漁港

暗くなる前に船越半島を脱出するためには半島入り口の「道の駅やまだ」あたりを朝5時には出発したいところだ。前日は陸中山田駅付近の宿に泊まっていたのでスタート地点までは4キロほどある。既に歩き終わっているエリアだが、まだ暗いうちなのでやむなく歩くつもりでいたが、宿を出て半島方面に歩き出したところで偶然軽トラのおじさんが通りかかった。ダメ元で頼んでみたら、なんと道の駅まで乗せてくれるという。少しでも速く半島攻略のスタートを切りたかったので本当にありがたかった。後述するように、結果としてこのおじさんのおかげでなんとか暗くなる前に半島脱出することができたわけだが、まだ真っ暗な時間に、見ず知らずの怪しい男を車に乗せてくれたこの親切には感謝の言葉しかない。

ヘッツォ石

軽トラのおじさんのおかげで予想より速く大浦漁港の霞露ヶ岳神社から山道に入ることができた。おかげさまでヘッツォ石に7時30分、霞露ヶ岳の登山口に7時50分、山頂に着いたのはなんと8時55分という順調なペースだった。

2 漉磯(すくいそ)の佐々木さん

霞露ヶ岳山頂
遥か彼方の山田町方面

山頂で休憩しながら、眼下に今朝出発してきた山田駅付近から明日歩く予定の重茂半島の素晴らしい景色を楽しんでいると、この船越半島在住の佐々木麗子さんという方からメッセージが入った。佐々木さんはまだお会いしたことはなかったが、僕も歩きながらよく記事を投稿しているフェイスブックのみちのく潮風トレイルハイカーコミュニティの常連さんだ。メッセージには「今日は漉磯で作業しているので、漉磯あたりでお会いできると勝手に楽しみにしています」というような内容だった。

漉磯海岸

どんな作業をしているのかと思いながら下山していったが漉磯の海岸には土木作業の方しかいない。浜から山道に入ってしばらくいくと、漉磯の三叉路付近で向こうから手を振りながら小走りに近づいてくる方がいて、それが佐々木麗子さんだった。佐々木さんの他にも三叉路付近に地元の方々が数名いて何やら作業をしている。そこに二日後にはぼくが通る予定の「浄土ヶ浜ビジターセンター」の佐々木洋介さんもいる。話を聞くと、この漉磯にある「椎茸生産組合」の倉庫だった小屋をその気になればテントも張れるハイカー向けの休憩場所にしようと、地元の方々と協力して清掃しているのだという。おまけにトイレや水の補給もできるようにしたいとのことだった。色々課題はあると思うが、今後このポイントが完成して稼働すれば、宿泊施設がなく、どのハイカーも苦労するこの船越半島ルートで、ちょうど中間地点付近に安心して水補給ができて雨露をしのげる場所ができるということだ。これから歩こうとする多くのハイカーにとって理想的でありこれ以上ありがたい話はない。しかもそれを地元の方々が自ら協力してつくろうと努力している姿を見て、一日でこの半島をクリアするためにまだ暗いうちからスタートし、急ピッチで霞露ヶ岳を越えて体力をすり減らしてきた疲れが一気に吹き飛ぶほど感動したのだった。

3 大釜崎遊歩道から牛転峠を経て半島脱出

長い歴史の中でロングトレイル文化が根付いているアメリカでは、自分たちの地域を歩くハイカーたちに敬意をもち、ありとあらゆる形で無償のサポートをする「トレイルエンジェル」と呼ばれる人たちがたくさんいる。この漉磯で佐々木さん達はまさに「トレイルエンジェル」だった。

偶然この日この時間この場所で彼らに会うことができた幸せを感じながらこの半島の後半戦に出発したのだが、あまりのうれしさにもうほとんど水が底をつきかけていたことをしばらく行ってから思い出した。「しまった!漉磯で水の補給するんだった!」と思っても後の祭り。この半島を抜けるにはまだその先に大釜崎自然歩道を含む9キロ近くの崖のアップダウンを繰り返し、さらにその先の「牛転(うしころばし)峠」を越えていかなければならない。明るいうちに半島を出られるかも分からない。つまりまだこの日の行程の半分しか歩いていないのだ。引き返す余裕はない。
幸いなことにこのルートには途中いくつかの沢がある。しかも前回は忘れてきてしまったSAWYERのMicroSqueezeという極めて高性能の超小型浄水器も今回は持ってきている。これで比較的水量のありそうな沢を選んで水をたっぷり補給し先へ進むことができた。

距離も長くアップダウンを繰り返す大釜崎自然歩道は霞露ヶ岳を越えてきた身には思いのほかハードで、やっとのことで小谷鳥海岸にたどりついた。時は14時30分。最後の牛転峠を越えて半島を抜けるまであと10キロ。なんとしても暗くなる前には半島を抜けたい。気持ちはせいたが、霞露ヶ岳を越え大釜崎を越えてきてもう体力はない。

小谷鳥漁港

なんとか気力のみで牛転峠を越えて田の浜で見つけた自販機で喉を潤し、なんとか半島を抜けた頃にはもう辺りは暗くなりかかっていた。
結局「道の駅やまだ」を出てから既に12時間以上経っていた。

いよいよ明日からはルート上最大の半島・重茂(おもえ)半島攻略だ。重茂半島は本来2泊3日で歩くべきところだが、この時期はコロナの影響で唯一の宿は予約を取ってくれない。従って仕方なくテント泊1泊で一気に抜けなければならない。今回の船越半島ワンデイチャレンジに続いての重茂半島はかなりハードな行程になる。その起点となる大沢漁港に向けて、既に歩き終わっているエリアをタクシーで飛ばしながら、疲労から朦朧とした頭で「重茂半島も車だと速いんだけどなァ」などと間抜けたことを考えるのであった。(笑)