東北奇譚巡り
不思議な話が集まるまち、遠野 ②
欠ノ上(かけのうえ)稲荷の危険な御利益!?
遠野町の外れにある小さな山の頂にあるのが欠ノ上稲荷神社だ。大日山日枝神社の脇にある、うら寂しい坂道を登り続けると、欠ノ上稲荷は姿を現す。境内からは遠野の街を一望でき、その光景の素晴らしさには息がもれる。
立派な本堂の鈴緒には、こちらにも布が結び付けられている。布は赤と白の二色だ。ここでは願いごとを赤い布に掛け鈴緒に結び、無事に成就した暁には白い布にお礼を書き、再び詣でるという習わしがある。見ると、赤と白の布が満遍なくあることから、御利益があることが伺える。
この神社の名前も『遠野物語拾遺』百八十九話に登場する。
江戸時代の遠野に、木下鵬石(ほうせき)という医者がいた。ある晩、彼の元に一人の男が訪れる。遊田家に急病人がでたため、すぐ診療にきてほしいということだった。医者が男につれられ遊田家を訪れると、老人が病にふせっていた。そこで薬を処方すると、お礼として金一封をもらった。
翌日、様子を診に遊田家を訪れると、家のものは一人も昨晩の診療のことを知らないという。病で寝込んでいた老人もいたって元気だった。不思議に思い、家にかえると確かにもらった金は存在していた。「懸ノ稲荷様だったんだろう」と人々は噂したそうだ。
不思議な老人に薬を与えた医者。しかし手元にはしっかりと金が残っていた。もし、本当に神様だったとしたら霊験のあるエピソードだ。
私も遠野の古老にこの神社の御利益について話を聞いたことがある。
かつて欠ノ上稲荷の神職をしていた方には不思議な力があったという。それは、境内に現れる狐の鳴き声で、その日遠野の街で火災が起きるかどうかを当てることができるというものだった。神職はこの力を防災に活かそうと、火事が起きそうな日は街を見渡せる境内に赤色灯を灯し、人々に注意を促した。
時は戦時中。この行為が人々を煽動していると神職は警察に拘留されてしまった。その間に赤色灯は撤去され、二度と灯すことを許されなかった。しかし、この直後に当時の警察署長の妻が狂乱の末に自死し、所長も病で命を落とした。
「神職を拘留した警察に罰が当たったのだ」と市民は口々に噂した。
大きな力を持っているかもしれない欠ノ上稲荷。どうかみなさんも訪れてその御利益にあやかっていただきたい。しかし、成就の上は必ずお礼のお参りを忘れずに再び遠野を訪れていただきたい。大きな不幸が皆様に起きてしまわないように……。
人々が願いを込めた赤い布と、成就した人が結ぶ白い布。
みなさんもぜひ訪れて願いを掛けてみていただきたい
暗い坂道の先には立派な稲荷神社が待ち受けている。
本堂を守るように生える大木からも厳かさが漂う
プロフィール
小田切 大輝
岩手県遠野市を拠点に活動する怪談語り部・作家。遠野で暮らしている際に聞き集めた現代の怪談・奇譚をまとめた『遠野怪談』を2024年4月に竹書房会談文庫より出版。岩手県各地で怪談イベントに登壇している。