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川倉賽の河原地蔵尊 ①

東北奇譚巡り
川倉賽の河原地蔵尊 ①

東北には数々の霊場がある。山形の出羽三山や青森の恐山が有名だが、今回は少し趣きの変わった津軽の霊場をご紹介したい。

津軽平野の中央に位置する五所川原市金木は、小説家の太宰治が生まれた町として有名だが、彼の生家、斜陽館を西に進むと小高い丘の上に川倉賽の河原地蔵尊がある。

川倉賽の河原地蔵尊への入り口となる山王鳥居。
神仏習合が色濃く残る。
地蔵堂内陣。僧侶の読経が絶え間なく響く。

ここは、恐山を開山した慈覚大師円仁によって西暦八百年頃に開かれたと伝えられ、特定の宗派に属さない無住職の寺である。管理は地元の住民による地蔵講が担っており、古くからの霊場を守り続けている。

津軽は地蔵信仰が盛んな地だ。各集落では何体もの地蔵様を大事に祀っている。賽の神的な役割や子育て祈願など目的は様々だが、盛んな地蔵信仰の背景には、津軽の厳しい風土で長く生きれなかった子どもたちの供養が根源にあると言われている。

飢饉や洪水、貧困、衛生環境、医療格差。時代は変わっても、昭和中期まで全国平均を上回る高い死亡率の津軽では、子を亡くした母親たちが地蔵に供養と救いを求めたのだろう。

こうした地蔵信仰の総本山が川倉賽の河原地蔵尊とされている。御本尊の地蔵菩薩が祀られている地蔵尊堂に地蔵を奉納する風習がいつしか始まり、現在では、奉納された地蔵の数は二千体を超えている。

地蔵堂に奉納された地蔵とワラジや着物。

そして、ここでは地蔵奉納と並んで、もうひとつの独特な供養が行われている。若くして亡くなった者が、あの世で結婚し幸せになってほしいと願いを込めて、花嫁人形や花婿人形を遺族が納める「冥界結婚」だ。

地蔵尊堂の隣には、これらの人形が安置されている水子堂がある。堂内にはガラスケースに収められた“あの世の夫婦”が、所狭しと並んでいる。

ガラスケースの中には、故人の名前と、あの世の配偶者の名前が書かれた札が添えられており、中には、結婚後に子どもの人形が加えられ、ひとつの家族として形づくられているものもある。

奉納された花嫁・花婿人形たち。
このような風習は山形のムカサリ絵馬、
遠野の供養絵額と同じ死者供養にあたる。
あの世で結ばれた数年後に子どもが産まれていく。
夫婦の人形の他に娘の人形も加わり、
幸せな家族が作られている。

この風習の歴史は、それほど古いものではない。一説には、戦後になって戦死した若者が結婚できなかったことを不憫に思った遺族から始まったとも言われている。今では津軽地方の一般寺院でも、この「冥界結婚」した人形を見かけるが、人形を奉納する背景には、イタコやカミサマ(青森県に伝わる民間の巫者)の存在がある。

遺族が、巫者を通して語られる故人の言葉や、神仏の言葉を受け取り、それをきっかけに人形を奉納するケースも少なくない。民間信仰による「お告げ」を、既存宗教の寺が受け入れているという、不思議な構図が成り立っている点も、この霊場、そして津軽ならではの特徴といえる。

地蔵や花嫁・花婿人形を奉納する風習は、決して奇習などではない。そこには、供養というかたちを借りて、現代では忘れられがちな家族の愛情や絆が、静かに息づいているように思えてならない。

 


文・鶴乃 大助(怪談作家)

青森県弘前市在住。怪談好きが高じて、イタコやカミサマといった地元のシャーマンと交流を持つ。津軽弁による怪談イベントなどを県内外で精力的に行う。共著に『青森怪談 弘前乃怪』『奥羽怪談シリーズ』『秋田怪談』など。最新刊に『青森の怖い話』(竹書房)がある。 

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