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【2日目】日が落ちるまで

東北太平洋沿岸に走る全長1,025kmの長距離自然歩道、みちのく潮風トレイル。町を歩いて峠を越え、谷を下って海に出る。バックパックひとつとたくさんの人に支えられて歩いた去年の秋の二ヶ月を、残した写真と、一緒に歩いた地図をお供に連れて、一歩一歩思い出しながら書いていく。

種差海岸にて

 お昼ご飯を頂いた後は、センター内の展示を見たり、芝生で海を見たりして過ごしていた。センターの中には環境省のレンジャーさんたちが撮った写真のギャラリーがあったり、さかなクンの三陸ジオパークの絵が展示されていたり。海側に付けられた窓からは種差海岸が見えるのだけど、ガラス1枚隔てただけで大きなディスプレイのように見えるからおもしろい。匂いと音が遠くなるからだろうか。印象に残ったのは、入り口に置いてあった松ぼっくり貯金。松並木が近くにあるからだろう、透明な箱に「拾った松ぼっくりをここに入れてください」という紙が貼ってあって、どうにかなったら何かができるらしい。確かに松並木では松ぼっくりをよく見かけたなと思い返してみる。歩いている間は、荷物を増やしたくないがために貝殻とか、松ぼっくりとか、そういうものを拾うのを自然と避けていたなあと思い至る。まあ海にも山にもいろんな楽しみ方があって、今回はそういう宝探しの代わりに、身軽に長い旅ができる。まあいいか、と思うようにする。

 それから数時間、日没までの時間はずいぶん長く感じられた。体がいきなり歩くのをやめたから、歩いている間一定のリズムで進んでいた時間が着いていけずにたたらを踏んでいる感じだと思う。とはいえ暇だったわけではなく、むしろ次のゼロデイ、一日中歩かないで体を休める日のことをゼロデイというのだけど、で泊まる宿がなかなか取れなかったのには焦った。なんとか最後に電話をかけたホテルに引っかかって一安心、次からはもっと早めに宿を取ろうと心に決めるなど、初の一人旅の洗礼を受けた日になった。データブックに載っていても、男性しか泊まれない宿や、仕事で来ないと泊まれない宿などもあったから、宿決めには気をつけた方がいいかもしれません。

テント張り

ツェルトを張った様子

 そろそろテントを張ってもいい時間だ。私がこの旅に持ってきたお家はツェルトといって、トレッキングポールを使って立てる非自立式テント。自立式テントとは違いテント本体と別にポールを持つ必要がないから軽量で、重さは300gくらいしかない。ペグの刺さらない場所だと立てにくいという問題はあるけれど、私は体力に自信がなかったから重たいものはできるだけ持ちたくなかったし、あとは純粋にその構造のシンプルさに惹かれたのが決め手だった。ツェルトの構造は、言ってしまえば1枚の布と2本の紐と2本の棒だけ。どうやって立っているのか一目でわかるし、壊れても修理しやすいだろう。その上、日常に溶け込む道具でさえ仕組みが不可視化されてしまっている現代において、この単純さと機能性の高さはすごく魅力的だと思う。張る練習が2回ほどしかできていなくてちゃんと張れるかだけ心配だったのだけど、持ち前の几帳面さのおかげだろうか、結構きれいな形に立てられて嬉しかった。ただ作業の最中、大学生くらいの人にテントを張っていい場所を聞かれたのだけれど、全くの不意打ちで曖昧な返事しかできなかったのを未だにちょっと後悔している。旅の初めの、折角の同年代との貴重な会話の機会を逃してしまった…。なんで私に聞いたのだろうとも思ったけれど、たぶんツェルトを一人で立てていたからキャンプ慣れてしているように見えたのだろう。でもきっとその時の私、絶対その人より初心者だったと思う。さておき、日もまだ沈まなさそうだし、とりあえず荷物をテントの中において、気を取り直して少し散歩に出ることにした。

 立てたテントを見下ろせる、小高い丘に立つ簡素な展望所で海を見た。絵の参考にしようとじっと海面を眺めていると、断続的な縞模様の連続が見えてくる。午後になって傾きかけている太陽がジャラジャラと気まぐれに波を揺らし、きらめく海には賑やかさと穏やかさが共存している。海が毎日見えるところに住んでいる人はどんな気分なんだろう。こんなに大きい、私たちの両手ではどうにもならない存在が身近にある生活は、コンクリートの隙間を縫い、せかせかと生き急いでいた東京の暮らしとは絶対何かが違う気がする…。まず生活を取り巻くインフラが違うとか、人の多さが違うとか、そういうことはいったん抜きにして、純粋にただ広い海が近くにあるのか、ないのか。見えなくてもいい、日々の中に海の場所があることで、その分心になにもないスペースが空いてくれる気がするから、いいな、いつか海があるところにも住んでみたいなと思う。そんなことを考えながら海のスケッチしていると、地元の子だろうか、中学生くらいの男女がこちらに走ってくる。私がいたら気まずいかなと思って丘を下った。

日没 

 そろそろ日が暮れる。明るいうちに夕飯を済ましておこうと、炊事場に湯を沸かしに行く。夕方にもなると海風が強くなっていて、小さなアルコールランプだとどうしたって火が煽られるから苦戦した。炊事場のかまどを風よけに、風防の位置を変えてなんとか火を守り通し、湧いた湯をたたえたクッカーに袋麺を割り入れ数分、夕飯の完成だ。キャンプファイヤー場に続く階段に腰かけ、食べ終わった後はティーバックでクッカーを拭いて片づけをする。ティーバックが出たからにはこの前にお茶を飲んでいるはずなのだけど、この時どうやってお茶を淹れたのかは忘れてしまった。

アルコールストーブともらったゴトク、教えてもらって作った風防

 秋口の太陽は落ち始めたら一瞬だ。気づいたらあたりは明かり無しでは足元がおぼつかないほど暗くなっていて、早々にテントに帰って一日の疲れを取るストレッチをする。動画を見ながらゆっくり体を伸ばし寝袋にもぐるけれど、さすがにまだ寝るのには早い。外ではちょうど空に日没が展開されているようだ。このまま狭いテントに閉じこもって折角の夕空を見逃すのも惜しいと再びテントの入り口を開けた。日が暮れていく様を眺めたかったのだけれど、トレッキングポールが窓枠のようになって視界の邪魔をする。だからといって靴を履いて外に出るのは億劫だし、まずもって外はもうそこそこ寒いのだ。外に出るのは無し。ミノムシのように寝袋にくるまって、テントの中からの鑑賞で満足しよう。さっき声をかけてきた大学生が、岬の一番端っこで焚火をしている。リヤカーが脇に置いてあったのは焚火セットを運ぶためだったのか。時間が進むにつれ明るくなっていく焚火と、濃くなっていく影。人のおこした火をタダ見させてもらうだけでも結構楽しいものだ。次第にあたりは濃紺に落ちていき、いよいよ寒くなってきたから入り口を閉める。暗くなったテントの中、記録代わりにFacebookに投稿をして、スマホをモバイルバッテリーにつなぐ。その日は、それで目を閉じた。

明日は満月
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