日刊ウェブマガジン「まいにち・みちこ」│東北「道の駅」公式マガジン「おでかけ・みちこ」

まいにち・みちこ【東北 道の駅 日刊マガジン】

教員として過ごした三十五年間を経てなお、子ども達や先生方、保護者の皆さんに伝えておきたいことが少なくありません。その思いで自費出版した「お天道様は見ています〜校長先生のおはなし〜」の続編やこぼれ話をお伝えいたします。お子さんと一緒に読んでみたり、かつての自分を思い出したりしながらお付き合いください。

第27話:最後の授業

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/76954238/25549

 支援学級の担任、レイ子先生は50代も半ばを過ぎたベテラン教師です。以前は、学年を問わず40名を超える普通学級を指導していたということでしたが、ここ十数年は障がいのある子どもたちの学習指導にあたっていました。

 昔気質の先生で、朝早く出勤し、日課のように、その日の学習の準備や教室、職員玄関を掃除していました。放課後も次の日の準備を欠かさず、遅くまで残って仕事をしていました。

 

 ある日の職員会議で、教職員の日直が話題になりました。
 日直当番の先生は30、40分ほど早めに出勤し、職員室の机を拭いたり、お湯を沸かしたり、児童昇降口を開けたりするのです。

 先生方が話すには、家庭をもつ先生にとって朝は家事で忙しいこと、特に幼い子どものいる先生は、保育園に連れて行かなくてはならず、日直は免除してほしいということでした。また昨今、話題になっている教員の過重勤務ということからも、改善してほしい、ということでした。

 全体は、勤務時間外の日直業務については、考え直さなければならないという方向でまとまりかけていました。私も日直が当たり前という時代とは違うし、働きやすい職場づくりに管理職も努めなければならないのだから、日直当番の勤務については考え直さなければならないな、という思いに傾いていました。

 

 その時、ふとレイ子先生がお話したのです。

 「反対するわけではありません。全てのことを勤務時間内に終えることができればそれが一番いいことでしょう。ただ、日直当番は、せいぜい月1、2回です。いろんな先生が代わるがわる昇降口を開ける、それだけで待っていた子どもの一日が新鮮に始まるのではないか、と思っています。職員室の机拭きにしても、きれいな机を前にすると、先生方もさわやかに勤務のスタートを切れると思います。日直当番は、そんな少しばかりの奉仕です。地域のごみ拾いなど、奉仕活動は自分の時間を費やして行うものだということを、ふだん子どもたちに教えていませんか。自分たちの学校、自分たちの職員室じゃないですか、月1、2回、30分程度の早出なら、奉仕でもいいのではないかな、と私は思います」

 そんなレイ子先生のお話でしたが、日直当番の先生は、早く出勤した分だけ、その週のいずれかの日に早めに退勤してよいことになったのでした。

 

 こんなこともありました。

 卒業式を前に、卒業証書に大きな校印とそれより一回り小さな職印を押す作業があります。それは緊張を強いられる作業です。わずかでも曲がっていたり、濃淡など印影にムラがあったりする卒業証書を渡すことはできません。担当者は丁寧に、一枚一枚緊張しながら、時間をかけて押印するのです。

 誰かが、こんな話を持ち出しました。

 今は本文だけでなく、校印や職印も朱肉で押したように印刷ができるようになっている。そのように印刷所に依頼すればいいのではないか。それで時間も短縮できるし、何より緊張や疲れから解放される、とそういう話でした。

 しかし、ここでもレイ子先生は穏やかに話されたのです。

 「私はいつも押印する係です。正直に言うと、神経を使いますし、体全体で押印するのですから、疲れます。でも、卒業生にとっては、かけがえのない証書です。疲れるくらい心と体を使って押印して作成するのが卒業証書だと思っています。古い人間の言うことと笑われると思いますが、出来上がりが同じなら、合理的に楽にやりましょう、ということには何か抵抗があります。目には見えないし、誰もわからないことかもしれませんが、手間と暇をかけて押印した卒業証書に私たちの心が込められるのではないかと思っています」

 黙々と押印されるレイ子先生に影響され、私も下手な字で申し訳ないと思いながら、一枚一枚毛筆で記名してきたのでした。

 

 気丈なレイ子先生でしたが、春の健康診断で、要再検査と判断され、夏休み中に精密検査を受けたのです。結果の報告に来たレイ子先生は、落ち着いて話し始めました。

「体内に腫瘍があり、早期の手術が必要ということでした。ご迷惑をおかけしますが、手術は10月下旬ということで、中旬にはお休みをもらって入院しなければなりません。これまで34年間の教員生活で、病気休暇を取得したことはありませんでした。ということは、そろそろ潮時かな、と思います。もし手術後、復職できたとしても、今年度限りで退職させていただきたいと思います。入院の日まで子どもたちを指導し、代わりの先生にしっかりと引継ぎをいたしますから、よろしくお願いします」

 いつも信念をもって言葉を発するレイ子先生でしたから、その意思は固いと思いました。

 

 レイ子先生は10月15日から病気休暇に入ることが決まりました。その前日が、最後の勤務日だということを他の先生方は知る由もありませんでした。

 最後の勤務日には、ゆっくりと子どもたちと過ごしてほしいと思っていましたが、4年生の新任教員の学級で、地区内の新任教員を対象にした研修授業が行われることになっていたのです。レイ子先生が受けもつ支援学級の子どもも一緒に授業を受けるので、その子のサポートのために授業に参加しなければなりません。

 予期せぬことは起こるものです。研修授業の前日、授業者に持病のぜんそくの発作が起こり、急遽入院することになったのです。私は、授業者が病気入院ということを主催者の教育委員会に伝え、研修授業は取りやめにしてもらおうと思いました。

 その時、レイ子先生が校長室にきたのです。

 「明日の研修授業ですが、取りやめですか。他校の新任教員は、よい勉強の機会と期待していたことでしょうね。せっかくの研修の機会を奪いたくはないものです。差し出がましいことですが、もしよければ私に授業させてくれませんか」

 不意の申し出に、とても驚きました。

 しかし、明後日には病休に入る身であることを考えると、とても任せるわけにはいかない、と話しました。しかし、レイ子先生は、

「いえ、主治医からは明日まで出勤が許されています。ということは、明日までは学校の業務を行ってよいということです。私は大丈夫です。研修授業の教材ごんぎつねは、若い頃から何度も授業をしてきましたから、教科書がなくても頭に入っています。私に授業させてください。拙い(つたない)授業にはなりますが、研修の材料になるならば、中止にするよりはいいと思いまして・・・」

 私は、これもレイ子先生の強い意思によるものと思い、主催者の教育委員会に確認をとり、授業者をレイ子先生に代えることにしたのです。放課後、校内の先生方に授業者が代わったことを話し、特に若い先生には是非レイ子先生の授業を参観するようにと伝えたのです。

 

 予定通り、3校時に授業が始まりました。いつもは初任の先生が手を焼くほどにぎやかな学級なのですが、まるでレイ子先生の魔法にでもかかったかのように集中して学習し、よく発言し、満足感いっぱいの笑顔で授業を終えたのでした。レイ子先生が30名の子どもを前に授業するのは十数年ぶりのことだったのでしょう。しかしその長い空白を全く感じさせないほど、しっとりとした、涙が出そうなくらい感動的な授業でした。

 参観に来た新任の先生方も、校内の若い先生方も、レイ子先生から授業の本質を学んだように思いました。そして、レイ子先生が時々、つぶやくように話していたことが、校内の先生方の胸に甦ってきたのでした。

 「子どもは何でも知りたがる、できないことができるようになりたいと思っている。それに応えられるように準備していないと、とても子どもの前には立てないわ。みなさんは教師の仕事は楽しいとか、面白いとかいうけれど、私はそんなことを思ったことはなかった。どうしたら、子どもの強い欲求に応えられるか、それだけを考えているわ・・・・」

 この記事を書いた「マイみちスト」
(こんのひとし)
大学を卒業後、一般企業に三年間勤務し、その後1年間大学専攻科で特別支援教育を学ぶ。昭和57年から盛岡市、宮古市、釜石市の小学校に勤務。平成23年 釜石市立小学校長として勤務時に東日本大震災被災。平成27年度小学校長で退職。平成28年度は大阪府の小学校で校長を務める。

この記事が気に入ったらシェアお願いします

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
皆さまよりお寄せいただいた感想はこちら (4)
  1. アバター マッキー さん

    レイ子先生は、目の前の子供だけではなく、若い先生たちのこれからも考えて、自分のやれることを心を込めてやられる素敵な先生ですね。口だけではなく、いつも自分がまずやってみえるところが人としても素晴らしいです! レイ子先生の姿から、いろんなことを学べた子供たちや先生方は幸せだと思います。病気で辞めざるを得ませんでしたが、信念と誇りを持って「天職」とも言える教師という仕事をやってこられたレイ子先生が何と言っても一番幸せな方ですね。
    レイ子先生、長い間ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。

  2. アバター さん

    中国の文学者が「古之學者必有師、師者傳道、授業、解惑也。」と書いています。「昔の学生には恩師が必ずいて、人として大事なことや知識を教え、疑問を解いてくれる。」と言う意味です。レイ子先生は、正にこの通りの人で、子どもの強い欲求に応えています。先生は朝早くから子供が帰るまで一緒に過ごします。だから子供の行動や性格や学習の状況がよくわかります。入院前にも学生や学校のことを一番大切だ!自分のことは次です。自己犠牲の精神は偉いですね。レイ子先生は人の尊敬を受ける教師です。

  3. アバター natumama1205 さん

    社会人になってから一般企業で勤務した後に教員職に従事しています。
    正直、教員業界に入ってから独特の風習や働き方改革と逆行している公務に戸惑いました。タイムカードさえない職場が当たり前だということにも愕然としました(3年前のことです)。
    レイコ先生の仰ることを全ては容認できないと思いつつ文章を読んでいましたが、代理での研究授業公開は相当な信念のあるものだったのではないかと思います。
    また、題材が「ごんぎつね」というのも大変感慨深いですね。
    そういったへ先生の授業から、若い教員(自分も含めて)は学んでいかなければいけないと思いました。

  4. アバター いきいき さん

    体内に腫瘍を抱えながらも、研究授業を出来ない教師に代わって素晴らしい授業をやり遂げたレ
    イ子先生。日直への重い負担に異を唱える若い同僚の先生に、月に一度の奉仕を説くレイ子先生。卒業証書を書き上げる大変さに簡単に印刷にすれば良いという意見に、卒業する子供ひとりひとりにはかけがえのない一枚であること、手間暇かけて作るものだと諭すレイ子先生。
    その先生の意見を無視しない校長先生。レイ子先生は子供たちのひとづくりをする職人みたいな先生なんだなぁって感動を覚えました。お元気になっていただきたいです。

あなたの感想をお聞かせください

*

CAPTCHA


Facebookでも投稿できます
この連載を読む
プレミアム記事
あなたにおすすめの記事
東北のイベント