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第22話:同調圧力

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教員として過ごした三十五年間を経てなお、子ども達や先生方、保護者の皆さんに伝えておきたいことが少なくありません。その思いで自費出版した「お天道様は見ています〜校長先生のおはなし〜」の続編やこぼれ話をお伝えいたします。お子さんと一緒に読んでみたり、かつての自分を思い出したりしながらお付き合いください。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/76954238/23956

運動会が迫り、練習にも熱が入ってきました。

 

チバ先生は63歳。3年前に中学校体育教師を定年退職しました。今は、非常勤講師として小学校に勤めています。

体育教師として40年近く勤めましたが、この十数年は中学生の体力低下を直に感じていました。食生活や生活習慣の乱れ、TVゲームやDVD視聴などの影響によるものと思いました。絵を描くことが好きだからと芸術系の部活に入るのではなく、疲れるから運動系の部活は嫌、という生徒も少なくありませんでした。

小学校に勤めても同じように、子どもたちに体力がないことや運動能力が低いことを感じていました。そこで、チバ先生は休み時間や放課後には、できる限り外で子どもたちと走り回って遊んでいました。校長先生よりもずっと年上のおじいちゃん先生でしたが、子供たちには絶大な人気がありました。

 

そんなチバ先生は、運動会を前に大きな心配を抱えていました。

5,6年生の「組体操」です。

ピラミッドが崩れて大ケガをする事故が報道され始めた頃でした。

以前の子供たちと違って外遊びをせず、鉄棒や雲梯にぶら下がることもなく、相撲や陣取りなど、体をぶつけあう遊びをしない現代っ子に、運動会の時だけ組体操や騎馬戦をさせることが心配だったのです。

しかし、この小学校でも当然のように組体操をすることになっていました。運動会本番まで1週間となりました。

 

そんな時、5年生のナオキは、チバ先生にポツリとつぶやいたのです。

「……ピラミッドが重い……」

ナオキは、体が大きく肥満体です。体が大きいからとピラミッドの一番下の段で支える役割となったのでしょう。当然です、重くて体が大きい子が上に乗ることはありません。だからといって体力があるということではないと、チバ先生は誰よりも知っていました。

ナオキは、多くの友達は毎年5,6年がやってきた伝統の組体操を今年もやりたいと言っていること、先生方も保護者から大きな拍手をもらえるように、今年も立派なピラミッドをつくる、と言っていることなどを話しました。そして自分だけ、重いってことはとても言えない、とも話してくれました。

チバ先生は、練習をよく見てから、危ないと思ったら先生方に言うからと約束しました。

 

練習はいよいよ佳境に入りました。

一見、子どもたちもやる気をもって臨んでいるように見えます。先生方も大きな声で元気づけたり、ほめてやる気を出させたりしていますが、ナオキだけでなく不安そうな子どもたちがいることをチバ先生は感じ取りました。この日の練習は危ないものでした。

ピラミッドは6段。最上に子どもが上がって完成するまでには時間がかかります。一番下の子どもたちは、それに耐えているのです。4段目の子どもたち4人が乗り、5段目の子どもたちが上に登っていく時でした。一番端のナオキは、何とか歯を食いしばり、頑張って支えていましたが、重さに耐えかねた中央の子どもが肘をついてしまい、一気に崩れてしまったのです。先生方は、

「頭を下げないようにと言ったじゃないか、しっかり肘を突っ張らないと」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、ケガなんかしない」

「なんだ、これじゃ運動会で恥をかくぞ」

などという先生もいました。

チバ先生は、これはきちんと言わなければならないと決心しました。

 

放課後、5,6年の先生方と話し合いをしました。

チバ先生は、中学校体育教師の経験から、子どもたちの体力が低下していて、ピラミッドや塔、そして騎馬戦も今の子どもとってはケガの恐れがあることを話しました。今からやめることはできないだろうから、せめてピラミッドを5段にしてはどうかと提案したのです。

はじめは先輩教員のチバ先生の話を神妙に聞いていた先生方でしたが、ピラミッドを5段にするという提案に顔色が変わりました。

「本番1週間前になってからそんなことを言われても」

「子どもたちはやる気になって、一つにまとまっているんです」

「子どもたちに成就感や充実感を持たせるには5段ではだめです」

「ピラミッドを完成させることで、子どもたちの可能性を引きだすことができるんです」

もっともらしいことを言う先生方でしたが、チバ先生は引き下がりませんでした。

「子どもたちは本当に気持ちが一つになっているかどうかわからない、中には苦痛を感じたり、不安を感じながらも言い出せない子どもがいるかもしれない。成就感も充実感も、ケガと引き換えであってはならないでしょう」

しかし、最後には

「チバ先生は、中学校の先生ですよね、小学生のことは私たちの方がよく知っている。担任でもない非常勤の先生なんだから、勝手なことを言わないでほしい。子どもたちと私たちが、本番目指してやってきたことに水を差さないでほしい」

自分より教職経験の少ない先生の発言に怒りを覚えましたが、ぐっと言葉を飲み込みました。しかし、このように多くの先生や子供達が流れに乗ってしまい、本質を見失ったときに大きな事故が起きることをチバ先生は知っていました。

これ以上、先生方に言ってもわかってもらいえないなら、教頭先生に話すほかはないと思いました。でも、

「チバ先生の心配もわかりますが、5,6年の先生方がよく考えた上でのことでしょう、保護者も期待しているだろうし……」

チバ先生は、もう何も言うことはできませんでした。

 

その後は、何とかケガもなく練習は行われたのですが、ナオキなど何人かの子どもの不安は解消されることはありませんでした。そして本番の日を迎えたのです。

 

伝統の組体操は、運動会の華です。プログラムは最終種目です。

本番は緊張もあるし、午前からの疲れが蓄積され、これまでの練習とは違う状況であることを長年の経験でチバ先生は知っていました。そんな心配をよそに、組体操は始まりました。

 

1段目の8人が土台をつくりました。しっかりと肩を寄せ合い肘を突っ張っています。2段目の7人が乗りました。この時点でもう会場からは拍手が沸き起こりました。アナウンスも盛り上げます。

「さあ、3段目、4段目と今年もエジプトのピラミッドに負けない見事なピラミッドがつくられます……」

5段目の2人が乗りました。結構な高さです。

チバ先生は、ナオキなどの一番下の子どもたちが心配でたまりませんでした。

最上に立つ最後の一人がピラミッドを上っていきます。

その時、重さに耐えてゆがんだ顔のナオキが、より一層、これ以上ないという苦痛の表情を浮かべています。支える両腕もブルブルと震え出しました。

「もう、もう、がまんできない」

体全体がそう叫んでいます。

 

「あぶない!」

 

そう思ったチバ先生は、場外からピラミッドめがけて走りだしたのでした。

 この記事を書いた「マイみちスト」
(こんのひとし)
大学を卒業後、一般企業に三年間勤務し、その後1年間大学専攻科で特別支援教育を学ぶ。昭和57年から盛岡市、宮古市、釜石市の小学校に勤務。平成23年 釜石市立小学校長として勤務時に東日本大震災被災。平成27年度小学校長で退職。平成28年度は大阪府の小学校で校長を務める。

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皆さまよりお寄せいただいた感想はこちら (3)
  1. マッキー さん

    不安を抱えて組体操の練習をしているナオキ君や他の子供たちの「重い!怖い!苦痛だ!」という心の声に気づくことが出来たチバ先生と、それに気づけない他の先生たちの違いはなんだったのでしょう?子供たちのことを一番に考えているチバ先生の言葉に、先生方が耳を傾けられなかったのは本当に残念なことです。
    伝統も大事、成就感や充実感を味わうことも確かに大切なことです。でもそれは事故が起こらない、子供たちが怪我をしないことが大前提です。自分の学校は大丈夫と言う先生方の自信はどこから来るんでしょうか?
    「本質を見失った時に事故が起こる」ということを知ってるチバ先生が、寸での所で競技を止めてくださり、ナオキをはじめ誰も怪我をせずに済んだと信じたいです。
    組体操を来年以降どうするかを、子供の意見や保護者の意見もしっかり聞いて学校側が英断してくれることを望みます。
    組体操の事故で子供が亡くなったり、今でも後遺症に苦しんでいる子供が沢山いるという現実をしっかり受け止め、全国の学校で考えて欲しいです。運動会で、もっと別の形で子供たちが成就感や充実感を味わうことは必ず出来るはずです。組体操がいかに危険かを再度問題提起をしていただきありがとうございました。

  2. まんぼう さん

    そんなにやりたきゃ先生がやれよ。
    自分ができないことを他人にさせるんじゃない。

  3. さん

    運動会なら、子供の安全を守らなければならない。ほかの成就感と充実感などはその後のことでしょう。
    チバ先生は子供達の体力を誰よりも知っています。だから組体操のピラミッドを5段に提案しました。体育先生40年のベテランとして、チバ先生の意見をほかの先生が聞けなかった、残念ですね。
    やはりチバ先生の予想どおりに一層の子供たちは力尽きました、もう耐えれなかった。専門家を尊重するべきだ。中国語で「不聽老人言吃虧在眼前」という諺があります。年寄りの言うことは滅多に外れない。経験豊富な年寄りの言うことを聞いたほうがいいですよ。

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