日刊ウェブマガジン「まいにち・みちこ」│東北「道の駅」公式マガジン「おでかけ・みちこ」

まいにち・みちこ【東北 道の駅 日刊マガジン】

教員として過ごした三十五年間を経てなお、子ども達や先生方、保護者の皆さんに伝えておきたいことが少なくありません。その思いで自費出版した「お天道様は見ています〜校長先生のおはなし〜」の続編やこぼれ話をお伝えいたします。お子さんと一緒に読んでみたり、かつての自分を思い出したりしながらお付き合いください。

第20話:希望へつなぐバターケーキ

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まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/76954238/23451

東日本大震災の激しい揺れにより、老舗カメヤケーキ店も大きな被害を受けました。間近まで迫った大津波からはなんとかのがれたものの、ショーケースが壊れたり、物が落ちたりして、店内は足の踏み場もない状態になりました。店主でもあり、パティシエでもあるヒロさんもこの状況には打つ手がありませんでした。自然災害を恨んでもしょうがないと、ヒロさんは、地震の直後から商品のケーキなどをすべて車に積み込み、被災者が押しかけている近くの避難所3か所に届けたのでした。

 

翌日、ヒロさんは改めて店内を眺めると、その惨状に途方にくれてしまいました。ケーキを焼く機械、材料を練る機材なども壊れてしまいましたし、何より電気は止まってしまったのでどうしようもありません。従業員には、無期限の休暇を与えて自宅に帰しました。なすすべのないヒロさんは、とりあえず高齢のお母さんと二人で店内の片づけを始めました。

ふと、手に取ったノートは注文を記録したノートでした。市街地は津波で大変な惨状になっていることを思うと、いつもカメヤのケーキを喜んでかってくださるたくさんのお客さんのことが心配になりました。

「お母さん、予約してくれた方々に、お断りの電話を入れたいけれど、電話もいつつながるかわからない、どうしたらいいだろう」

「そうだね、どうしようもないね。せめて、先払いのお客さんには、早いうちに返さなくちゃね。こんな状態だと、この先どこに避難するかかわからないもの……」

厳しい寒さと不気味な静けさが被災地を包み、翌日も日が暮れようとしていました。その時、一人のおじいさんが店にあらわれました。

 

「あのう、わたしはフジイともうします。注文していたケーキなんですが……」

ヒロさんは、申し訳なさそうに

「……注文していただいたのですね。でも、これこの通りです。電気も止まり、ケーキを作りたくても作れないんです。……すみません……」

「そうですよね。……どこの店もシャッターが下りたままですから、カメヤさんだけが営業できるってことはないですよね……でも…あ、いや……わかりました。どうもすみませんでした」

「いいえ、すまないのはこちらの方です。おわびのしようがありません……」

何か言いたげなおじいさんでしたが、とても残念そうな顔をして帰っていきました。

 

ヒロさんは、さっき手にした注文ノートを開いてみました。

確かにありました。

「藤井様 3月12日(土曜日) 午後5時引き渡し 誕生日デコレーションケーキ 1つ (子供用)」

ヒロさんは、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

(こんな時だからこそ、ケーキを食べて元気を出してほしいのに・・・)

ケーキ職人として大事な時に力を発揮できないやるせなさを味わったのでした。

 

その翌日もやることは片付けと注文客への返金だけでした。余震が起こるたびに、不安が襲いました。お母さんと二人では、片付けも容易には終わりません。店の前を歩く人はほとんどいませんが、県内外のパトカーや消防車そして自衛隊救援部隊の車が往来するようになりました。

そんな午後、またあのおじいさんが店にやってきました。

 

「……あのう…」

「ああ、フジイさんですね。昨日は申し訳ありませんでした。確認したら、誕生日ケーキの注文を承っていたようですね。本当に申し訳ありません……」

と、ヒロさん。

「……あのう…ケーキでなくとも、クッキーでもチョコレートでも何でもいいんですが、いただけないでしょうか」

しかし、店にはクッキーもチョコレートも何もありませんでした。震災直後に食べられる商品はすべて避難所に届けたのでした。そのことをヒロさんはていねいに説明し、ふたたびお詫びしました。おじいさんは、

「……そうですよね……わかっています。……ただ……注文していたケーキは3歳になる孫の誕生日祝いのケーキでした。私の息子と嫁さんの子どもです。息子夫婦は、街でちょっとした商売を営んでいて、日中は孫を私と妻のばあやがみていました。でも、大津波が自宅兼店舗を襲い、息子も嫁さんも津波にのまれてしまったのです。一人息子の誕生日プレゼントだったのでしょうか、嫁は孫の好きなパンダのぬいぐるみが入った箱を抱きかかえていました。……本当は、ケーキどころではないのかもしれません。いやあ、失礼しました……残された孫が不憫でならないのです。……せめて何か、ケーキでなくとも孫が喜ぶお菓子があればと思って………」

そう言って涙をぬぐったのでした。

 

ヒロさんもおじいさんの話に、涙をこらえることができませんでした。

ヒロさんのお母さんがポツリと言いました。

「……ヒロよ、なんとかしてあげたいね……」

「うん……でも……」

おじいさんは、

「……無理なことを言ってしまってすみません。ご迷惑おかけしました……」

ヒロさんは、何を思ったのか、

「フジイさんちょっと待っていてください」

そう言って、店の裏にあるケーキ工房に行きました。ケーキ工房も乱雑なままです。やっとで電気の通っていない冷蔵庫を開けると、寒さが幸いしてか、バターが溶けずにありました。生クリームはできないけれど、バタークリームなら何とかなるかもしれない、そう思ったヒロさんはすぐに店に戻り、

「フジイさん、なんとかします。ケーキをつくります。明日のこの時間までに誕生日ケーキを作っておきますから、来てください」

「えっ、できるのですか?ほんとうに?無理はしなくていいですからね……」

「いえ、お約束します。私はこれでもケーキ職人を40年近くやってきたんです。ケーキに関してうそは言いません」

おじいさんは、何度も頭を下げて、お礼を言い、店を後にしました。

 

翌日、おじいさんは孫と一緒に手をつないで店にやってきました。

ヒロさんはバターで丁寧にクリームを練り上げ、比較的乾燥していないスポンジケーキを選び、散乱した食材から使えるものを取り出して、パンダの顔をデザインしたバターケーキを作ったのです。パンダのケーキを見た孫は、とび上がって喜び、おじいさんに抱きつきました。おじいさんも笑顔でした。

悲しみの中にあるひと時の喜びでした。しかし、今は一瞬の喜びでも、この喜びが未来への希望につながっていくと、ヒロさんは思ったのでした。

 この記事を書いた「マイみちスト」
(こんのひとし)
大学を卒業後、一般企業に三年間勤務し、その後1年間大学専攻科で特別支援教育を学ぶ。昭和57年から盛岡市、宮古市、釜石市の小学校に勤務。平成23年 釜石市立小学校長として勤務時に東日本大震災被災。平成27年度小学校長で退職。平成28年度は大阪府の小学校で校長を務める。

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Comment (1)
  1. マッキー さん

    ヒロさんは、自分が大変な状況であるにもかかわらず、孫を不憫に思うフジイさんの気持ちに心打たれ、自分が出来る精いっぱいのことをしてお孫さんのためにパンダのケーキを作られました。
    両親を亡くしたその子を応援したいという気持ちがいっぱい詰まった世界に一つしかない素敵なケーキですね。フジイさんのお孫さんがその後どうか強くそして優しく育っています様に!

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