まいにち・みちこ【東北 道の駅 日刊マガジン】

声無き大声援

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教員として過ごした三十五年間を経てなお、子ども達や先生方、保護者の皆さんに伝えておきたいことが少なくありません。その思いで自費出版した「お天道様は見ています〜校長先生のおはなし〜」の続編やこぼれ話をお伝えいたします。お子さんと一緒に読んでみたり、かつての自分を思い出したりしながらお付き合いください。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/76954238/22228

「なんで私がリレー選手なの・・・・」

あっちゃんがこんなに落ち込んだのは、初めてでした。

 

中学3年生のあっちゃんには、強い弱視の視覚障がいがありました。厚いレンズのメガネをかけても、せいぜい2メートル先しか見えません。しかし、がんばり屋のあっちゃんは、小学校の時からずっと通常学級で勉強していました。障がいがあるとは思えないほど明るく、負けず嫌いのあっちゃんは、黒板の字は見えなくとも、よく勉強をして成績はいつも学年で1番でした。

何事にも弱音を吐かずにやりこなすあっちゃんでしたが、学級代表として運動会のリレー選手に選ばれたことはとてもショックでした。女子リレーの学級代表3人まではすぐに決まったのですが、あと一人がなかなか決まりませんでした。ふだんからふざけが過ぎるクラスメートが、

「根性がある、あっちゃんが走ればいい」

といったものだから、何人かが、

「そうだ、あつ子は何をやってもクラスで一番だから、あつ子がアンカーをすればいい」

「そうだ、そうだ」

と、面白半分ではやし立て、あっちゃんに決まってしまったのでした。

 

重い心を抱えて家に戻ったあっちゃんは、お母さんに

「みんなひどい。目が見えないってこと知っているのに、私をアンカーにするなんて・・・もう、ひどい、ひどい・・・・」

ふだんはどんなことがあっても落ち込むことのないあっちゃんの一言にお母さんは驚き、ただ事ではないと心配になりました。涙目でお母さんに愚痴をこぼしたあっちゃんは、庭に出て愛犬シェリーにも話しかけました。

シェリーは、あっちゃんが小学校5年生のとき、車にはねられてケガを負い、道端でクンクン泣いていたところ、その声を聞きつけたあっちゃんが抱き上げ病院に連れて行って救った犬でした。その時のケガのせいで、シェリーは足が変形してしまいました。お互い障がいがある者どうしと、あっちゃんは姉妹のようにかわいがっていました。

シェリーに愚痴をこぼすと、シェリーはあっちゃんの手を咥えて走り出そうとするのです。あっちゃんは、シェリーが何を言いたいのかがすぐわかりました。

(・・・落ち込んでいてもはじまらないから、練習しようよ!)

シェリーがそう言っているのです。

そんなシェリーの励ましに、あっちゃんはだんだんと元気を取り戻していきました。

「そう、シェリーの言うとおりだ。ラインを見ながら腰をかがめて走り、みんなの笑いものになってもいい。とにかく自分の持っている力を全力で出し切ろう!」

持ち前の負けず嫌いを取り戻し、心に誓ったあっちゃんでした。

 

運動会の当日、最後の種目が華の学級対抗リレーです。1,2年生の部が終わりました。あっちゃんに迷いはありません。何着になっても走りきるだけです。

前評判通り、あっちゃんのチームが順調に1位でバトンをつないできました。

(しっかりとバトンを見て、確実に受け取る)

よく目が見えないあっちゃんはそれがすべてだと思っていました。周りの声援で第3走者がもうすぐ現れると身構えました。見えるとすぐ、バトンを確認して受け取りました。前に向きを変えて走り出した瞬間、あっちゃんは勢い余って態勢を崩し、もんどりうって転んでしまいました。あまりに豪快すぎる転倒に吹き飛んだメガネまで体全体で押しつぶしてしまったのです。

壊れたフレームから、レンズは外れてしまいました。

もう、どうしようもありません。

係の生徒らがあっちゃんに駆け寄りました。しかし、迷いのないあっちゃんは白線をたどりながらでも、ゴールを目指す意思を通しました。

後からバトンを受け取ったほかのチームのアンカーは、あっちゃんを追い越してゴールを駆け抜けました。

校庭にはあっちゃんが一人、バトンをもって這うようにしてゴールを目指しています。校庭の観衆は、あっちゃんを応援する歓声に変わっていました。

その時です。

走る姿がぎこちない一匹の犬が校庭に現れました。

シェリーです。

シェリーは、あっちゃんのそばに行くと、ワンワンと吠えてあっちゃんをゴール目指して誘導し始めたのです。あっちゃんはシェリーに気が付き、シェリーの声を頼りに走り始めました。しかし、校庭の大声援がシェリーがあっちゃんを導く鳴き声をかき消しているようでした。大観衆の中から、

「シー!」

という声が上がり、それが会場全体につながり、響き渡りました。

今さっきまで、勝ち負けに燃えていた校庭は、うそのように静まりました。校庭には、シェリーの吠える声とゴールを目指すあっちゃんの姿しかありませんでした。観衆はその光景から目を離すことはできず、ただただ無言でシェリーとあっちゃんに大きな声援を送ったのでした。

 この記事を書いた「マイみちスト」
(こんのひとし)
大学を卒業後、一般企業に三年間勤務し、その後1年間大学専攻科で特別支援教育を学ぶ。昭和57年から盛岡市、宮古市、釜石市の小学校に勤務。平成23年 釜石市立小学校長として勤務時に東日本大震災被災。平成27年度小学校長で退職。平成28年度は大阪府の小学校で校長を務める。

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Comment (1)
  1. マッキー さん

    犬は人の顔を見て気持ちがわかるという話を聞いたことがあります。リレーの選手をやらざるを得なくなったあっちゃんの愚痴を聞いて、前向きに頑張ろうと励ますシェリーには、「人間の言葉までわかるの?」って感心しました。
    リレーの時、メガネまで壊れて前が見えないあっちゃんを救ったのも愛犬シェリーでした。あっちゃんの目になってリードするシェリー、それに応えて最期まであきらめずにゴールを目指すあっちゃん!あっちゃん、頑張れ!シェリーがんばれ!あっちゃんとシェリーが本当の姉妹のように思えてきました。

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