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第14話:嘘(うそ)

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教員として過ごした三十五年間を経てなお、子ども達や先生方、保護者の皆さんに伝えておきたいことが少なくありません。その思いで自費出版した「お天道様は見ています〜校長先生のおはなし〜」の続編やこぼれ話をお伝えいたします。お子さんと一緒に読んでみたり、かつての自分を思い出したりしながらお付き合いください。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/76954238/20041

「記憶がありません」と言う人たちのことをテレビや新聞で取り上げられることがあるでしょう。人間である限り、誰でも忘れることはありますね。だから、それを責めることはできません。でも、知っていて嘘をついているのか、本当に記憶がないのか、それはお天道様と自分の心だけしかわからないと、私のおばあさんは教えてくれました。校長先生は子どもの頃、その大好きなおばあさんに一度だけ嘘をついたことがあるのです。今日はそのお話です。

 

小学校4年生になったばかりの頃でした。体もだんだんと大きくなり、家から遠くまで出かけて、日が暮れるまで外遊びをすることが多くなりました。

その日も、学校から帰ると仲良しのヨッチと遊ぶ約束をしていました。そろそろヨッチが来る頃だな、と家を出ようとする時でした。

おばあさんが、声をかけました。

「お使いをお願いするよ。食用油が切れてなくなっているから、八百屋さんに行って買ってきてほしいんだ」

「えーっ、今からヨッチと遊びに行くんだよ」

「そうか、でも今ね、鍋で蕗を炊いているところだから、手が離せないんだよ。お願いだから買ってきて・・・」

 

 大好きなおばあさんのお使いです。いつもなら、喜んで行くのですが、外遊びを友達と約束していたので、この時だけは行きたくなかったのです。

「友達と約束しているから、行きたくない」

と、抵抗したのですが、まだヨッチが見えません。ヨッチがくる前にお使いをすませようと、渡された五百円札をもって、八百屋に向かって走り出したのです。家を出るとすぐ、ヨッチと会いました。

「ごめん、お使いを頼まれてしまって。一緒に行ってくれない?それから遊ぼう」

「かまわないよ」

ヨッチは笑顔で応じてくれました。

 

八百屋で食用油を買って、おつりを受け取りました。走って少し汗をかいたのと、付き合ってくれたヨッチに申し訳ないという思いで、

「アイスを食べよう」

とヨッチに言いました。

「いいの?」

「いいよ、アイスを買っていいって、言ってくれたから」

いつも、おばあさんにおつりを渡すと金額を確かめることなく、ありがとうと言って財布にいれるので大丈夫だろうとタカをくくっていました。それに、友達と約束をしていたのにお使いをしてあげたのだから、という勝手な言い訳を考えて、出まかせを言ったのでした。

私たちはアイスを舐めながら家に向かいました。家に着くころにはもうアイスはお腹の中に入っていました。

 

おばあさんに食用油とおつりを渡しました。

おつりを受け取ったおばあさんは、いつもと違って、しばらく手のひらのおつりを眺めていたように思いました。私はとっさに「まずい」と思いました。

 

「・・・・おつりはこれだけかい?」

「それだけだったよ」

「・・・・ポケットに入ってないかい?」

私はポケットに手を入れて、おつりをさがすふりをしました。

おばあさんはおつりが足りないことがわかっているようでした。私は、

「それしか渡されなかったもん・・・」

と言って、自分は関係ない、何も知らない、と嘘をついたのです。

「・・・・・・・・・・」

おばあさんは何も言いませんでしたが、とても悲しい顔をしていたように見えました。

 

それから家を飛び出し、外遊びをして、このことはもう忘れてしまおうと思いました。しかし、その晩とても悪いことをしたという思いがもたげてきて、なかなか眠れませんでした。次の晩も、その次の晩も、おばあさんに嘘をついたあの場面がよみがえってきたのです。

私はそれからしばらくの間、おばあさんに本当のことを言って謝ろうと思いました。でも、おばあさんはもうそのことに触れることはなく、ついに謝ることができずに嘘をつきとおしたのでした。

中学生になっても、高校生になっても、大人になってからも時々そのことを思い出しては、苦いものがこみ上げてきました。

 

おばあさんは私に、生きていく上で大事なことをたくさん教えてくれました。その中に「ウソは泥棒のはじまり」ということもありました。その言葉は忘れることはないのですが、今振り返ると、おばあさんは「ウソは泥棒のはじまり」の後に「・・・でも、泥棒だって自分の心は盗めない・・・」と言っていたように思うのです。

 

「・・・自分の心は盗めない・・・」その意味は今、よく分かります。

一度ついた嘘は、自分の心のなかにいつまでも残っている。その心まで盗んで、ほかに持っていくことはどんな泥棒にもできないということでしょう。一度ついた嘘は、自分の心から打ち消すことはできずに、一生心に残るということなのだと思います。

 

私はもう60歳を過ぎて、残りの人生の方が少なくなりました。だけど、あの時のおばあさんの、何か大切なものをなくしてしまったような悲しい顔を忘れることができないのです。しばらくたってからでも、嘘をついたことをお詫びすれば、少しは気持ちが楽になったのかもしれません。大好きなおばあさんに一度だけついてしまった嘘は、今でも私を苦しめます。

 この記事を書いた「マイみちスト」
(こんのひとし)
大学を卒業後、一般企業に三年間勤務し、その後1年間大学専攻科で特別支援教育を学ぶ。昭和57年から盛岡市、宮古市、釜石市の小学校に勤務。平成23年 釜石市立小学校長として勤務時に東日本大震災被災。平成27年度小学校長で退職。平成28年度は大阪府の小学校で校長を務める。

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Comment (1)
  1. マッキー さん

    子供の頃の校長先生はやっぱり優しい子ですね。嘘をついたのはいけないことですが、暑い中つきあわせて悪いなあというヨッチへの気持ちがあったからなんだろうなと思いました。
    「ウソは泥棒の始まり」という言葉は知っていますが、そのあとに「泥棒だって自分の心は盗めない」は初めて知りました。おばあさんの言葉、いつもながらキラッと光っていますね。✨
    子供の頃の失敗が大人になった今でもずーっと心の中に残っている。あります、あります。そういう苦い経験を忘れないでいるから、同じ失敗を繰り返さない様に人は努力し続けるんだなあと思います。

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