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第11話:ほろ苦い修学旅行の思い出

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教員として過ごした三十五年間を経てなお、子ども達や先生方、保護者の皆さんに伝えておきたいことが少なくありません。その思いで自費出版した「お天道様は見ています〜校長先生のおはなし〜」の続編やこぼれ話をお伝えいたします。お子さんと一緒に読んでみたり、かつての自分を思い出したりしながらお付き合いください。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/76954238/15586

過日、とある公立小学校において、海外の高級ブランドによる高価な標準服導入が大きな話題を呼びました。私は、子ども達が修学旅行に出発する前に、必ずするお話を思い出しました。そのお話です。

 

明日は、5年生のみなさんが一泊二日の宿泊学習で陸中海岸青少年の家に行きますね。来週は6年生が、やはり一泊二日で平泉、松島、仙台方面への修学旅行に出発します。今日のお話は、もう50年も昔のことです。私が小学6年生だった時の修学旅行のお話です。

 

私が小学生のころも修学旅行はありました。行き先は今と同じ平泉、そして花巻温泉に泊まり、次の日に盛岡市内を見学しました。学年4クラスなので、バス4台で学校を出発しました。しかしなぜか、私たちのバスにほかの学校の6年生も乗ることになっていたのです。
「なんで、ぼくたちのバスにほかの学校の子どもたちが乗るんだよ」
と、ブツブツ言ってたのかもしれません。

バスは、学校を出発し大橋鉱山を見ながら、仙人峠をのぼりました。峠を越えると遠野市です。市内を抜けてしばらく走ったあと、私たちのバスだけ進路を変えて山の中に入り、小さな学校に着きました。校庭にはこれからいっしょに乗る6年生が10人ほど整列していました。私たちはバスを降りて、あいさつをかわすことになりました。

その山の学校の6年生の身なりは違っていました。
私たちは、男子は野球帽、女子は丸く縁取ったつばの帽子をかぶっていました。リュックサックには、飛行機やお花などのししゅうがあり、子どもらしいものでした。
しかし、そこの学校の男の子は全員丸刈りで、長靴を履いている子もいました。女の子の中にもセーラー服を着ている子がいました。帽子には「ヰセキ」とか「クボタ」と農機具会社のマークがついていて、リュックサックといえばお父さんかおじいさんが山仕事にいくときに背負うような固くて重そうなものでした。

はじめに私たちからあいさつしました。
「ぼくたちは、釜石からきたナカヅマ小学校の・・・・・」
次は山の学校の六年生です。きちんと整列し直したあと、気をつけをして深々とおじぎをして
「ワタクシタチハ・・・・」
とあいさつを始めたのです。自分たちのことを「わたくしたち」と言ったことがおかしくて、いっせいに

プーッ!

と、吹きだしてしまいました。

 

山の学校の6年生といっしょのバスは平泉に着きました。
すぐにお昼の時間になりました。私たちは、平泉の食堂で出されたお弁当を食べていました。山の学校の子どもたちは、家から持ってきたおにぎりを外で食べていたようでした。そのようすを見た友だちが
「あいつら、恥ずかしいから外で食べてんだ・・・」
と小さな声で言いました。これを聞きつけた担任のマツダ先生はとんできて、顔を真っ赤にして怒りました。
「恥ずかしいのはおまえたちの方だ。もう弁当など食べなくてもいいから、みんな外に出ろ!」
と全員外に出されました。
「お母さんがつくってくれたおにぎりを食べて、何が恥ずかしいことがあるもんか。おまえたちの方が、よほど恥ずかしい。これから、あの子ども達をよく見なさい。自分たちの方が恥ずかしいということがわかるから。」
ときつく叱られました。

 

それからはマツダ先生にいわれたとおり、その子たちをよく見ていました。
まったくマツダ先生のいうとおりでした。
見学地でガイドさんから注意されるのは、きまって私たちでした。山の子ども達はガイドさんの話をよく聞いてしっかりとメモを取り、席を立つときには椅子をきちんと机の下に入れました。どこでも大きな声であいさつをして、旅館や施設に入るときは、ぬいだ靴のつま先を返してきれいに整頓していました。ご飯つぶをお茶碗にくっつけたまま、「ごちそうさま」をする子は、だれひとりいません。お風呂場では、ぬいだ服をきちんとたたんで、もってきた風呂敷に包んでからお風呂に入っていました。お風呂場でふざけたり、遊んだりしているのは私たちだけでした。
私たちとは、何もかも驚くほど大違いでした。

だんだんと恥ずかしいのは自分たちで、山の学校の子どもたちはとても立派な6年生なのだ、ということがわかってきました。礼儀正しく、何事にも心をこめて、一生懸命取り組む子ども達でした。
私たちとは大違いの山の子ども達との修学旅行は、その後お互い仲良しになり、打ち解け合って楽しく過ごすことができました。

そういう訳で校長先生はいつでも、宿泊学習や修学旅行に出発する5、6年生に「ぬいだ靴はきちんとそろえなさい」とか「ご飯つぶをお茶碗につけたままでごちそうさまをしないように」と言っています。これは、山の学校の6年生から学んだことです。立派というのは、着ている服や持ち物のことをいうのではなく、その人の心や態度だ、という大事なことを教えてくれた子ども達でした。

 この記事を書いた「マイみちスト」
(こんのひとし)
大学を卒業後、一般企業に三年間勤務し、その後1年間大学専攻科で特別支援教育を学ぶ。昭和57年から盛岡市、宮古市、釜石市の小学校に勤務。平成23年 釜石市立小学校長として勤務時に東日本大震災被災。平成27年度小学校長で退職。平成28年度は大阪府の小学校で校長を務める。

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皆さまよりお寄せいただいた感想はこちら (4)
  1. マッキー さん

    いやあ6年生とは思えない山の小学校の子供たちの立派さに驚きながら、「どうしてそんなに気持ちのいい、しっかりした子供たちに育ったのだろう?」と自分なりに考えてみました。いろいろ理由はあると思いますが、きっと一番の理由は、毎日家で祖父母や親の姿から学んだのでしょうね。言葉だけじゃなく大人たちの態度からも!そういう子供たちには感謝の気持ちが自ずと育ったんでしょう。だからどんなことにも形だけではなく心を込めることができたんでしょうね、きっと。
    子供時代の校長先生、小さいながらも「自分もそうありたい!」と思える素敵な人生の先輩に出会えましたね。やっぱり出会いって大事ですね!いい出会いがその後の人生に大きな影響を及ぼしますね。それって人間だけが持てる特権に近いプレゼントだなあと思う今日この頃です。

  2. SUZUKI さん

    人は見た目を気にしてしまうものです。それは、時として自分を美しく取り繕うこととはき違えられてしまうのかもしれません。しかし、本当の美しさとは、自分の内面からでるその人の所作にあらわれるのですね。自分の心を磨くことで、人間の美しさが磨かれていくのだと感じました。

  3. いきいき さん

    山の学校の子どもたがお母さんの作られたおむすびを食べていることをからかった子供らの言動を厳しく叱ってくださった担任のマツダ先生が素晴らしいと思いました。同時に、自分らの方が恥ずかしいと気付かれた校長先生もすごいと思いました。私も山の子でした。修学旅行で神戸港から大阪港まで船に乗ったことを今でもハッキリと覚えています。なぜなら、その船の上で歌った「山の子の歌」のことが忘れられないからです。“ 雨が降り、てるてる坊主が泣いても私たちは泣かないで山を見つめる。山の子は山の子はみんな強いよ” 山の子万歳いいお話でした。

  4. あめのひずめのもく さん

    本当に素晴らしいお話ですね!今国会で話題になっている、ごまかしたりウソをつくことが当たり前になってしまっている日本の政治家の人たちにも、是非読んでもらいたいですね!

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