日刊ウェブマガジン「まいにち・みちこ」│東北「道の駅」公式マガジン「おでかけ・みちこ」

まいにち・みちこ【東北 道の駅 日刊マガジン】

教員として過ごした三十五年間を経てなお、子ども達や先生方、保護者の皆さんに伝えておきたいことが少なくありません。その思いで自費出版した「お天道様は見ています〜校長先生のおはなし〜」の続編やこぼれ話をお伝えいたします。お子さんと一緒に読んでみたり、かつての自分を思い出したりしながらお付き合いください。

第9話:音一輪(おといちりん)

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まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/76954238/14698

カオルちゃんは、支援学級に通う小学校1年生です。

カオルちゃんには、生まれつきの障がいがあり、全体的に発達の遅れがあります。しかし、その障がいのある子ども達はとても明るく、優しい心をもち、リズム感に富んでいます。いつも、周りを和ませ、楽しくさせるので、子どもからも大人からも、みんなから愛されているのです。

カオルちゃんもみんなから愛される子どもでした。

お母さんは、カオルちゃんが障がいをもって生まれてきたと知った時は、落ちこみ、悩みました。しかし、カオルちゃんが成長するにつれ、親の目からみても優れた面がたくさんあることに気がつき、子育てに前向きになり、障がいのある子どもをもつ親の会などに積極的に出向くようになりました。

カオルちゃんも、音楽が大好きでリズム感にあふれていました。お母さんはそんなカオルちゃんの特長をさらに伸ばして周りの子以上の子どもに育ってほしいと願い、幼稚園の年中組から、ピアノ教室に通わせたのでした。

カオルちゃんはピアノが大好きでした。一生懸命練習して少しずつ上手になっていきました。しかし、集中がなかなか続かないのも特徴の一つでした。これまで2回のピアノ発表会がありましたが、がんばって弾くものの、いずれも途中で止まってしまい、演奏が途切れてしまっていました。

 

小学生になってはじめてのピアノ発表会は4か月後です。発表会で演奏する曲は、ブルグミュラーの「アラベスク」ときまりました。カオルちゃんにとっては、かなり手ごわい曲です。右手は早く滑らかに動かさなければなりませんし、左手は3つの音を同時に抑えなければなりません。しかし、カオルちゃんは曲がきまりとてもうれしそうでした。お母さんも「今度こそ、最後まで・・・」と、心に期するものがありました。

練習が始まりました。カオルちゃんにとって予想以上の難曲でした。猛練習を行いました。お母さんも、今回は途切れることなく最後まで弾き、カオルがこんなにできることをみんなに知ってもらいたいと思っていました。いつも発表会を楽しみにしているおばあちゃん、おじいちゃんだけでなく、担任の先生も聴きに来てくれることになりました。発表会の一か月前になると、朝学校に行く前に1時間練習し、学校から帰ってきてから練習、夕食後にも練習を重ねました。お母さんもつきっきりで一生懸命でした。

しかし、さすがのカオルちゃんもこれほどの練習には集中が続かず、お母さんの熱意にもついていけなくて、涙をこぼすこともありました。もう、やめたいと思うことも何度もありました。でも、大好きなお母さんのためと思って、本番の日までがんばったのです。

その甲斐あって、カオルちゃんは完璧に弾きこなすまでに上達しました。

 

発表会は、小さなホールで行われました。わが子や孫の演奏を楽しみにしていた家族がたくさん来ていました。カオルちゃんのお父さんはもちろん、おばあちゃん、おじいちゃんも全員そろって客席でニコニコしています。担任の先生も約束通り来てくれたほか、幼稚園の先生まで来てくれたのです。

さて、カオルちゃんの出番です。ステージ袖でお母さんは、

「カオル、学校の先生も幼稚園の先生も来てるよ、がんばってね!これまでの練習どおりに弾けば大丈夫よ!」

と、言って肩をポンと叩きました。

「わかった。がんばる!最後まで弾くからママ、ちゃんと聴いててね!」

 

演奏が始まります。ステージの真ん中まで行き、膝の前で両手を合わせて一礼しました。カオルちゃん、少し緊張気味です。鍵盤の上に両手を挙げました。

最初が肝心です。

 

ジャ ジャ ジャ ジャ タララララン タララララン ・・・・・

 

最高の出だしです!よく両手が動いています。

曲も半ばになりました。小さなミスもなく、自信をもって弾いているようです。ステージ袖から見守るお母さんも

「これで大丈夫」

と、小さくガッツポーズをしました。

 

その時突然、会場内の最前列で赤ちゃんの大きな泣き声が上がりました。長い演奏会に飽きた赤ちゃんの泣き声でした。

それまで順調に弾いていたカオルちゃんでしたが、その泣き声にちょっと反応しました。収まらない泣き声が気になりだしたようです。弾きながら声のする方にチラッ、チラッと目をやります。曲のテンポも乱れてきました。

しかし、赤ちゃんの泣き声はやみません。抱いているお母さんも困り顔で、無言であやしたり、抱っこし直したりしていますが、収まる気配はありません。

ついに気になってしょうがないカオルちゃんの手が止まり、演奏が中断してしまいました。

 

カオルちゃんは何を思ったか、椅子から立ち上がり、ステージ脇の方に歩き始めました。ステージ脇の大きな花飾りの中からピンクの花をつまみ上げると階段を下りて、泣いている赤ちゃんのそばに行き、頭をやさしくひと撫でしたあと、一輪の花をお母さんに渡しました。そうしてカオルちゃんは再びステージに上がり、曲の続きを弾きはじめたのです。

カオルちゃんの演奏が終わると、小さなホールがはじけるかと思うくらい大きな拍手が爆発しました。カオルちゃんはその拍手に驚いて、周りを見回しながら一礼し、ママの待つステージ袖に下がりました。

 

「ママ、ごめん。また止まっちゃった」

 

 お母さんは、ボロボロ涙を流しながら、

「・・・いいの、いいのよ、ママが悪かったわ・・・いいの、いいの・・・」

と何度も言いながら、カオルちゃんを強く抱きしめたのでした。

 この記事を書いた「マイみちスト」
(こんのひとし)
大学を卒業後、一般企業に三年間勤務し、その後1年間大学専攻科で特別支援教育を学ぶ。昭和57年から盛岡市、宮古市、釜石市の小学校に勤務。平成23年 釜石市立小学校長として勤務時に東日本大震災被災。平成27年度小学校長で退職。平成28年度は大阪府の小学校で校長を務める。

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皆さまよりお寄せいただいた感想はこちら (4)
  1. アバター マッキー さん

    世俗にまみれた私は、今度こそカオルちゃんが最後まで演奏することが出来るかな?とドキドキしながらお話を読み進めていました。しかし、予想だにしないカオルちゃんの心根の優しさにやられました!演奏中でも赤ちゃんが泣いていたらほっとけない!ずっと苦しい練習をしてやっと迎えた大事な本番。でもカオルちゃんにとっては、演奏を続けることよりも目の前で泣いている赤ちゃんの方が大事!心が自然に赤ちゃんの方に行っちゃうんですね。カオルちゃんの世界は計り知れない程広くて深いなあと心がジーンとなりました。
    カオルちゃん、何事もなかったかのように曲の続きを弾いたところも天晴!
    「音一輪」というタイトルの響きも素敵ですね。カオルちゃんが赤ちゃんの頭をやさしくなでて、お母さんに花を渡す場面も自然に目に浮かんできました。今回も心が優しくなるお話をありがとうございました。

  2. アバター いきいき さん

    昔の自分を見るような思いでカオルちゃんのお母さんの気持ちを推し量りながら読ませてもらいました。障がいを持つ娘に何とか自信をつけさせたい、と同時にしっかり育てている自分も見てもらいたい、そんなお母さんの気持ちがよく伝わってきました。カオルちゃんはピアノが上手に弾ける以上に心根の優しい子に育っていることが分かったお母さん。何が大切なのかお母さんなりに少し分かったのでは。子供を育てるって親も育つことなんですね〜

  3. アバター おいちゃん さん

    間もなく1歳3ヶ月になろうとする孫と同居しています。その孫の様子を見ていると、かなりこだわりがある半面、妙に飽きやすく、じっとしていることが難しいと感じています。親子ともども、職業柄、これは何かありそうな気配を感じています。しかし、その孫を見ていると、1歳ちょっとながらも一生懸命に活動していおり、ちゃんと喋られなくても、自分の気持ちを訴えようと、いつも必死です。これからどのように成長していくのかが、楽しみでもあり、心配でもあり…。人それぞれによさがあると思っています。その良さを見つけて伸ばしてやることが教育であり、親や学校の先生の役目だとも思います。これから、孫から教えられることもたくさんあると思います。カオルちゃんのように心やさしい子どもに育ってくれることを願っています。大人は大人の感覚だけで物事を考えてしまいがちですが、子どもは私たちの想像しないことを考えていることがよくわかります。このお母さんも、カオルちゃんの行動にハッとさせられたに違いありません。何が正解なのかは、やってみないと分かりません。私たち祖父母も毎日勉強です。

  4. アバター 黒子のママ さん

    素敵なお話ありがとうございますm(__)m
    障がいを持って生まれて来る方は
    それを乗り越えられる強い心を持っているのだと思います。そして、他を思いやる心も、自分を通して、辛さなどの気持ちもわかるのかも知れません。
    アラベスクは、小さな子供達の殆どが弾く憧れの曲ですよね?
    私も、小さい時に左手の16部音符が、右手で弾くように綺麗に弾けずに、たくさん練習した記憶があります。
    障がいは、障がいではなく、
    周りの人達もきっと、幸せに出来る素敵なチャレンジャーですね❗️良いお話ありがとうございます❤️

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