まいにち・みちこ【東北 道の駅 日刊マガジン】

第8話:天に捧げる卒業証書

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教員として過ごした三十五年間を経てなお、子ども達や先生方、保護者の皆さんに伝えておきたいことが少なくありません。その思いで自費出版した「お天道様は見ています〜校長先生のおはなし〜」の続編やこぼれ話をお伝えいたします。お子さんと一緒に読んでみたり、かつての自分を思い出したりしながらお付き合いください。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/76954238/14696

校長の最も大事な仕事は、全ての小学校課程を修了し、晴れて卒業する6年生、一人一人に卒業証書を渡すことです。校長在職10年ですが、11回の卒業式に臨みました。一年間に2度、卒業式を行った年がありました。

 

ある学校に赴任した早々、その2年前に当時4年生だった男子児童が交通事故で亡くなったことを知らされました。それから間もない4月の下旬に修学旅行があり、私も同行しました。帰路、一泊二日の楽しい思い出に包まれたバスは、保護者が待つ学校に向かっていました。バスは国道をそれて、3台が停車するには十分な空き地に停まりました。100名を超える6年生全員がバスを降りて道路に整列し、黙とうを捧げたのでした。そこは、彼が不慮の事故で命を失った場所でした。

 

修学旅行の帰りに黙とうを捧げようと提案したのは、子ども達だったそうです。誰にでも分け隔てなく接し、人の嫌がることを進んで行う彼は学年の人気者でした。彼が元気でいたならば、一緒に修学旅行を楽しむことができたのに、という思いを同級生は抱いていたのです。

 

小学校高学年にもなると、いじめや仲間外れなどの問題が起こることは珍しくありません。しかし、この学年の子ども達は人数が多いにもかかわらず、何事にも前向きで協力的、そして友達思いでした。最高学年としてはこれ以上ないほど立派な6年生でした。彼を忘れず、その優しさを一人一人が受け継いでいるようだと先生方は話していました。

 

5月の大運動会も夏の校内水泳大会も児童会行事や委員会活動もしっかりした6年生のリードで順調に進んでいきました。私は日々の学校経営や教育活動のなかで、いつしか彼のことを忘れがちになっていました。

 

三学期が始まりました。6年生は小学校6年間の総まとめの時期となり、〝卒業生〟と呼ばれることが多くなってきました。

そんなある日、教頭先生に一通の電話が入りました。彼のお母さんからでした。

「今は在籍していないが、正式なものでなくて構わないので、息子のために卒業証書を一枚いただけないでしょうか」

との問い合わせの電話でした。

 

卒業証書は氏名の間違いなどに備えて余分にあります。永久保存される卒業生台帳に載せたり、台帳番号を付けたりすることはできないのですが、記名した卒業証書をお家族にお渡しすることはできます。私は教頭先生と相談し、卒業証書をただご両親に渡すだけでなく、卒業式では彼の席を用意し、そこに遺影を置いて彼も参加するということにしました。 

 

後日、私はそのことをお母さんに電話で伝えました。

お母さんは、こらえきれずにすすり泣きながら

「ありがとうございます。・・・・無理なことをお願いして申し訳ありませんでした。・・・2年前、家族が乗っていた車で交通事故にあいました。家族のなかで命を落としたのは、息子だけだったのです。・・・犠牲になった息子に申し訳なくて・・・あの日から心の晴れる日はありませんでした。・・・生きていれば、小学校を卒業する時期だなと思うと、せめて息子に卒業証書を届けたい。・・・私たち家族は息子が小学校を卒業したというという証をもって、息子への思いを落ち着かせたいのです・・・・」

 

私は、言葉にならず、「卒業証書をお渡しします」とだけ伝えるのが精一杯でした。幼いわが子を亡くされた悲しみ、亡き子への思いは私にはとらえようもなく深いものであることを感じ、熱いものが胸の底からこみあげてきました。

卒業式で彼の席を設けるというだけでは、ご家族の思いに応えることはできないと思い、学校として今は亡き彼のための卒業式を行わなければならないと、考え直しました。

会場準備が整った卒業式の二日前に、彼ひとりの卒業式を行うこととし、職員会議に諮りました。全教職員、亡き彼のために、心を込めて卒業式を行いましょうと一つになりました。

 

彼の卒業式当日、卒業生は彼一人、中央にお母さんが遺影を抱いて座り、その左隣にはおばあさん、右隣にはまだ学齢に達していない幼い妹が座りました。お父さんは仕事のためにやむなく出席できませんでした。来賓席には、当時の校長先生が座り、在校生席には二日後に卒業式を控えた6年生全員が座りました。教職員は全員が席に着きました。

 

教頭先生が登壇、

「ただいまより、○○○○君の卒業証書授与式を始めます」

開会の辞に続いて、一同起立、国歌斉唱をし、6年担任による卒業生の呼名です。

「○○小学校卒業生 ○○○○」

遺影を抱いたお母さんが登壇しました。私は卒業証書を呼みあげ、証書はお母さんがしっかりと受け取りました。

式辞では、誰からも愛される優しい性格や常にみんなのために考えた言動を紹介し、今後も家族、同級生、そして学校を見守ってほしいことを話しました。

送辞は仲が良かった親友が、彼との楽しかった思い出や一緒に学習したり、運動したりしたこと、そして今でも自分の心の中に生きていると述べました。

6年生、教職員全員が卒業の歌を合唱し、つづいて校歌を斉唱し、最後に黙とうを捧げて式を終了しました。

 

送辞のあたりから、在校生席にいた6年生の多くが彼に思いをはせ、とめどなく涙を流しました。当時の校長先生は、

「校長として一番つらいことは在職時に児童が他界することだと知った。今日の日まで彼を忘れることができず、手を合わせてきた。しかし、彼の卒業を見届けることができて、少しほっとした」

と話されました。

ご家族は、涙で6年生の子ども達や教職員全員に頭を下げ、何度も何度も丁寧にお礼の言葉を話されました。

 

二度とない特別な卒業式でした。しかし、卒業証書を受け取ることを期に息子への思いを落ち着かせたいというご家族のためにも、在職中に教え子を失った強い悲しみが少し和らいだ当時の校長先生のためにも、彼とともに卒業し、これからも一人一人の心の中にある同級生のためにも、そして特別な卒業式を心を込めて挙行した私たち教職員自身のためにも、行ってよかった、と思いました。

 この記事を書いた「マイみちスト」
(こんのひとし)
大学を卒業後、一般企業に三年間勤務し、その後1年間大学専攻科で特別支援教育を学ぶ。昭和57年から盛岡市、宮古市、釜石市の小学校に勤務。平成23年 釜石市立小学校長として勤務時に東日本大震災被災。平成27年度小学校長で退職。平成28年度は大阪府の小学校で校長を務める。

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皆さまよりお寄せいただいた感想はこちら (5)
  1. マッキー さん

    みんなの思いがいっぱいつまった卒業式に目頭が熱くなりました。しかし、彼のためだけに特別な卒業式を行った小学校も凄いですね。なんてあったかい学校なんでしょう。彼の優しさがみんなの心に根付き、誰にも慕われていた彼だったから特別な卒業式が実現したのかも知れないですね。
    彼も天国でびっくりしながら、照れながら、とっても喜んでいるだろうなあ。
    交通事故の後ずっーと苦しんでこられたご家族の心の重荷が少し軽くなったことが一番よかったですね。
    心がほっこりするお話をありがとうございました。

  2. かっつん さん

    校長先生、職員の方々、卒業生のみなさんの彼とそのご家族への想いに涙が止まりませんでした。なくなって2年も経つと忘れ去られてしまいがちですが、その学校中のみなさんの心の中にその子は生き続けていると家族の方は強く受け留められたと思います。感動の卒業式のお話ありがとうございました。

  3. いきいき さん

    亡くなった子供、児童、友達のことをそれぞれの立場で忘れない人たちの温かく切ない思いがジーンと伝わってきて、涙が溢れました。忘れられない卒業式ですね。なぜか“仰げば尊し”を口ずさんでいました。♬

  4. ルイ.ニャン さん

    お別れの時期、タイムリーなお話しです。現職の時の校長先生が卒業証書を渡す姿が目に浮かび、そしてその思いが伝わりました。素晴らしい校長先生でしたね。生徒も親も職員も忘れられない方ではないでしょうか。今の若い人達に是非伝えたいです。

  5. おいちゃん さん

    先日12名の卒業生を送り出しました。たった1年間の関わりしかなかった子どもたちでしたが、式での様子を見ていて熱いものがこみ上げてきてグッとなりました。ましてや、亡くなった子どもさんの卒業式となれば・・・。同級生や先生方のその子への思い、そして式をやろうと決断し行動した校長先生の思い、なんとも言われない温かいお話です。親御さんにしてみれば、様々な節目節目でお子さんのことを思い出し、自分たちのことを責めていたのではないでしょうか。この卒業式で、少しはそれも軽くなったのでは・・・と思います。ありがとうございました。

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