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第5話:フミオは負けない

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教員として過ごした三十五年間を経てなお、子ども達や先生方、保護者の皆さんに伝えておきたいことが少なくありません。その思いで自費出版した「お天道様は見ています〜校長先生のおはなし〜」の続編やこぼれ話をお伝えいたします。お子さんと一緒に読んでみたり、かつての自分を思い出したりしながらお付き合いください。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/76954238/11512

この一か月あまり、フミオは「ただいま」のあいさつもしないまま、帰宅すると部屋に閉じこもってしまう日々が続いていました。小さなころから続けているピアノの練習にも身が入らず、レッスンを休むこともありました。今朝は登校する時刻になっても、部屋から出てきません。心配しながらも様子を見ていたお母さんでしたが、学校に行けない朝が来るかもしれないと、予想していました。

 

フミオのお母さんはタイの出身です。建設会社に勤めるお父さんは15年ほど前にタイに出張を命じられ、約一年間現地で働いていました。その時にお母さんと知りあったのです。お父さんは日本に戻ってきた後、しばらくしてからお母さんを迎えに行き、結婚しました。一粒種のフミオは、お母さんに似て少し濃い目の顔色でした。誰にでも優しく接するフミオは友達も多く、みんなから好かれていました。でも、お母さんはいじめの報道を目にするたびに、いつかフミオもいじめの対象になるのではないかと、心配していました。

 

お母さんの心配は的中しました。

フミオの欠席を学校に伝えたお母さんは、友達から肌の色のことなどでからかわれていることや最近、一人でいることが多く、先生方も心配して声をかけていることを担任の先生から聞かされました。

 

学校を休んだフミオは、ずっと部屋にこもりっきりでした。お母さんはフミオが心配で、パートの仕事を休みました。夕方、やっとで部屋から出てきたフミオにお母さんは

「フミオ、言イタクナキャイイ、学校デ嫌ナコトアッタノネ」

と話しかけましたが、フミオは

「べつに」

というだけでまた部屋にこもってしまいました。

 

 夜遅く帰ってきたお父さんは、

「大丈夫、フミオはもう中学生だし、今乗り越えなきゃ、これからの長い人生を歩んでいけないだろう。きっと乗り越えられるから見守ってやろう」

と話しました。

 

 二日目もフミオは登校しませんでした。夕方、部屋から出てきたフミオにお母さんは、

「フミオ、昨日カラ何モ食ベテナイカラ、少シ食ベタラ」

と言うと、フミオは食卓に座り、皿に盛られていたりんごをとり二口三口、齧りました。

その様子を見てお母さんは少し安心し、話しかけました。

「ゴメンネ、私ガタイ人ダカラ、イジメラレテイルノネ」

フミオは口を開きません。

「オ父サンハ、フミオハ乗リ越エラレルト言ッタ。私モソウ思ウノ。プミポン国王ニモ、フミオヲ助ケテクダサイト、オ願イシテル」

タイの国民がそうであるように、お母さんもプミポン国王を慕っていて、国王の肖像写真には朝晩、手を合わせていました。国王が昨年10月に逝去されたことを知ると、お母さんは常に黒色の服を身に付けて喪に服していました。フミオはふと、プミポン国王の名前から、自分の名前を付けられたことを思い出しました。

「オ父サントハ、趣味ノジャズデ知リ合ッタワ。国王はジャズプレーヤーデ、国王ガエンソウスルCDヲ、オ父サント何度モ聞イタワ。オ父サンハ、日本ニ帰エルトキ、私ヲスグ迎エニ来ルト言ッタ。ダケド、日本デハ反対スル人ガ多カッタ。デモ、約束ドオリ、私ヲ迎エニ来テクレタワ。ドンナニ反対サレテモ、オ父サンハ、私ヲ選ンデクレタワ。フミオハ、ソンナオ父サンノ子ダカラ、キット乗リ越エラレルト信ジテイル」

そういうとお母さんは、プミポン国王の肖像写真の前にひざまずき両手を合わせたのでした。フミオは何も言わずに、部屋に戻りました。しばらくすると、長い間聞こえてこなかったピアノの音が部屋から流れてきました。

 

 次の日、フミオは吹っ切れたような顔をしてしっかりとカバンを持ち、学校に向かいました。それからというもの、何事もなかったかのように以前の元気なフミオを取り戻したのでした。

 

ある日曜日の夕方、久々の休日で家にいるお父さんと三人で夕食を囲みました。フミオは、大好きな焼肉を食べながらこんなことを話し始めました。

「・・・もういいんだけど、みんなが面白がってお母さんのことを言ったり、陰でぼくの悪口を言ったりしてね。でも、言いたいやつは言ってろ、って今は思えるようになった。プロ野球のオコエだって、陸上のサニーブラウンやケンブリッジ、それから大関の高安だってぼくと同じハーフじゃない。小さいころは、ぼくよりひどくいじめられたかもしれないし、つらくて落ち込んだこともあったかもしれない。でも、今はすごい一流選手で活躍してる。ぼくと何が違うんだ、って考えたら自信があるか、ないかだってことがわかったよ。みんな誰にも負けないものをもってるんだ。ぼくには何があるか、と思ったら、ピアノがあるってことに気づいたんだ。スポーツと音楽の違いはあるけど、ピアノじゃ誰にも負けない。もっともっと上手くなるよう、がんばって練習するよ。とりあえずは、東日本中学生ピアノコンクール予選を一位で突破してみせるから。・・・」

 

 初めて目の前に立ちはだかった壁をフミオは乗り越えました。いつの間に大人になったんだろうと、頼もしく感じたお母さんとお父さんでした。

ピアノを弾くフミオ
 この記事を書いた「マイみちスト」
(こんのひとし)
大学を卒業後、一般企業に三年間勤務し、その後1年間大学専攻科で特別支援教育を学ぶ。昭和57年から盛岡市、宮古市、釜石市の小学校に勤務。平成23年 釜石市立小学校長として勤務時に東日本大震災被災。平成27年度小学校長で退職。平成28年度は大阪府の小学校で校長を務める。

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皆さまよりお寄せいただいた感想はこちら (2)
  1. マッキー さん

    フミオ君はお母さんのことで悪口を言われて嫌な思いをした時でも、「お母さんのせいだ!」と言ってお母さんに当たらなかった。優しい子だなあ、フミオ君は!
    お父さんとお母さんは、自分たちの子供のフミオならきっと乗り越えられると信じてくれた!フミオ君、嬉しかっただろうなあ。
    優しいだけでなく強い心も持っているフミオ君。ピアノでは誰にも負けない自分になることで壁を乗り越えられたんだね。
    えらいなあ!中学生のフミオ君の頑張りに勇気をもらいました。
    「これだけは負けない!」って言えるもの、私も持てるように頑張ります!
    いつも素敵なお話をありがとうございます。

  2. ルイ.ニャン さん

    不登校や引きこもりの話を聞くと心が痛みます。フミオ君、よく乗り越える事ができましたね。たった2日休んだだけで偉いです。もともと両親に強く育てられたのでしょうか。これからも壁はあるでしょうけれどエールを送りたいです(お母さんにも)

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