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【操觚の会】日本の歴史小説作家、時代小説作家の親睦団体。2016年6月に創設。2018年5月現在、赤神諒、秋山香乃、朝松健、芦辺拓、天野純希、荒山徹、神野オキナ、神家正成、蒲原二郎、木下昌輝、小松エメル、坂井希久子、杉山大二郎、鈴木英治、鳥羽亮、新美健、早見俊、誉田龍一、簑輪諒、谷津矢車(五十音順、敬称略)が所属。現在、鈴木英治が代表、早見俊が副代表を務めており、トークイベントや書店でのサイン会といったイベントを定期的に開催している。

シュレーディンガーの城、石川城の謎

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まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/68217594/25051

 これをお読みの皆様は、「シュレーディンガーの猫」という思考実験のことをご存じでしょうか。量子力学の不可解さ(=面白さ)を端的に示した譬え話として秀逸なものなのですが、知らない方のためにご紹介。

 一時間に五十パーセントの確率で放射線を発する放射性物質とガイガーカウンターを組み合わせ、放射線に反応して内部に毒ガスが充満する箱を作ります。つまり、毒ガスが一時間以内に満たされる可能性が五十パーセントある箱を作るということです。その箱の中に猫を入れて一時間後、猫は生きているでしょうか、それとも死んでいるでしょうか。そんな思考実験です。一般的な感覚だと「分からない」ということになるのでしょうが、科学的・数学的な文脈でこの状態を説明しようとすると、「五十パーセントの確率で生きているし、五十パーセントの確率で死んでいる」というあやふやな状態になります。そしてあなたがその箱を開いた時に、「生きているかもしれないし死んでいるかもしれない」という状態が解消され、どちらかの結果に収束していく、というものです。

 突然お前は何の話をしているんだ、とお思いのことでしょうが、実は東北に、「シュレーディンガーの城」とでも呼びうる場所があるのです。

 

 青森県弘前市に、石川城(大仏ヶ鼻城)という城があります。

 

 切り立った山の上にある堅城で、今は大仏公園という名前の公園になっています。「大仏ヶ鼻」という別名の通り、上から見ると二等辺三角形の縄張りをしています。

城主は南部氏の一族である石川高信。ちなみにこの高信の実の息子が南部氏を近世大名に脱皮させる道筋をつけた中興の祖、南部信直です。どうやら石川高信は、この石川城を拠点に、南部の代官として津軽平野一帯に睨みを利かせていたようなのです。

 しかし、高信の命運は儚いものでした。元亀二(1571)年、大浦為信(のちの津軽為信)に攻められ、高信は自害します。以後、この石川城は為信家臣の城となり、彼の津軽統一の橋頭保の一つとなるのでした……。

 が。何とこの話、ちょっと怪しいのです。

 実は、当の石川高信が、もっと長生きしていたという説もあるのです。南部側の史料によれば、高信は元亀二年からちょうど十年後の天正九(1581)年に病気で死んだことになっていますし、そもそも津軽為信の独立も随分遅いものだと書いてあることさえあります。

 つまり、

  1. 元亀二年に津軽為信が石川城を攻め、石川高信は命を落とした
  2. 元亀二年に津軽為信が石川城を攻めたものの、石川高信は難を逃れた
  3. そもそも元亀二年の石川城攻めなどなかった

 という三つの可能性が出てきたことになります。

 ではなぜこんな食い違いがあるのでしょう。これは、南部氏と津軽氏の微妙な関係に端を発しています。

 そもそも津軽氏の大本である大浦氏は、地域の土豪・国衆クラスだったとされています。戦国期の青森県の辺りは南部家を頂点にし、地域地域に有力者(津軽の場合は石川高信)が派遣され、さらにその下に土豪や国衆といった人々を統率していたようです。が、大浦氏に養子に入った(津軽)為信が反旗を翻し、津軽平野を奪うという行動に出ます。時はまさに織田信長、豊臣秀吉の時代です。中央の御墨付がなくば、地方の大名も取り潰しになってしまう時代になりました。その空気を感じ取った為信は南部に先んじて領地の安堵を得て近世大名の道を進むのですが……。これに歯噛みしたのが南部です。南部からすれば、かつては自分の家臣であったはずの大浦が突如謀反を起こし、自分の土地であったはずの津軽平野を横領されたばかりか大名として認められてしまったのです。

 南部と津軽の間にはこのような因縁があるのですが、石川城が「シュレーディンガーの城」になってしまったのは、この二者の対立のせいだと考えられます。

 津軽氏が南部氏から独立して成立したというのは議論の余地がありません。問題はその時期です。独立してから日が浅いのでは、津軽氏からすると体面がよろしくありません。津軽氏が突如謀反を起こし、津軽平野を不当に占拠しているという南部の主張を補強することになってしまいます。実効支配の時期を長く申告したほうがより支配の正当性を認められやすくなる、というのが津軽側の事情です。

 一方、南部としてはあまり長く津軽氏が独立していたように見えてしまうのは体面が悪く、津軽氏の独立はあくまで短期間のうちに行われたものだと主張しなくてはならないという事情があります。でないと、「いや、それだけ実効支配が長かったら、そりゃ津軽は大名でしょうよ」、「十年も放っておいて今更何言ってるの」と言われかねないわけです。

 というわけで、概して津軽氏側の史料では石川城攻めが取り上げられており、南部氏側の史料では石川城攻めはもちろん津軽氏の主張する十年に渡る津軽平野の実効支配についても否定的なのです。その結果、津軽氏の覇道の始まりである石川攻めに関して齟齬が起こっているのです。

 

 攻められたのか攻められていないのかも分からない城。実はそれは、往時の当事者たちの利害の綱引きの結果によるものだった――。

 けれど、事実は必ず一つのはずです。石川城は果たして攻められたのか否か。それを決めるのは、シュレーディンガーの箱を開く実験者、つまり、石川城に歴史ロマンを感じて訪れる歴史ファン一人一人の観測結果にかかっているのです。というわけで、弘前にご旅行の際には石川城跡に足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

 この記事を書いた「マイみちスト」
(やつやぐるま)
東京都青梅市出身。駒澤大学文学部歴史学科(考古学専攻)卒。2012年『蒲生の記』で第18回歴史群像大賞優秀賞受賞。『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』でデビュー、2018年、『おもちゃ絵芳藤』(文藝春秋)で第七回 歴史時代作家クラブ作品賞受賞。主な著書に、『曽呂利!』、『しょったれ半蔵』、『安土唐獅子画狂伝 狩野永徳』など。ちなみに、妻が青森県人。
この「マイみちスト」の作品

安土唐獅子画狂伝 狩野永徳 (文芸書)

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