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縄文人が見たことない三内丸山遺跡

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【操觚の会】日本の歴史小説作家、時代小説作家の親睦団体。2016年6月に創設。2018年5月現在、赤神諒、秋山香乃、朝松健、芦辺拓、天野純希、荒山徹、神野オキナ、神家正成、蒲原二郎、木下昌輝、小松エメル、坂井希久子、杉山大二郎、鈴木英治、鳥羽亮、新美健、早見俊、誉田龍一、簑輪諒、谷津矢車(五十音順、敬称略)が所属。現在、鈴木英治が代表、早見俊が副代表を務めており、トークイベントや書店でのサイン会といったイベントを定期的に開催している。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/68217594/23788

 今でこそ歴史小説家をやっているわたしこと谷津矢車ですが、実は学生時代は考古学を専攻していました。とはいっても、学業よりはバイトに精を出していた不良学生だったので、あの頃勉強したことは記憶の彼方……。これじゃいかんということでことあるごとに考古学的なものに触れるようにはしているのですが、いかんせん仕事に追われ、考古学にまで手が届かない悲しみに打ち震える日々を送っています。

 とはいえ、妻の実家のある青森は考古学の里! というわけで、一年ほど前、あの遺跡に行ってきたわけです。そう、国内最大級の縄文時代遺跡、三内丸山遺跡です。遺跡の巨大さ(そもそも、未だにこの遺跡の全容は判明していないとされています)、長く存続していたとされる特殊性、そして農耕の可能性まで示唆されるという絵に描いたようなオーパーツ的遺跡であります。不良考古学専攻学生であったわたしでも、この遺跡の特殊性はさわり程度なら説明できるほどです。

 それにつけても……。

 なにもこんな時期に行かなくても、と思ったのはわたしだけではありますまい。

 一面の雪、雪、雪。

 そう、真冬にお邪魔したのです。

 とにかく寒いですが、ロマンティックな光景です。地元の方からすればたまったものじゃないでしょうが、東京民からすればこの雪の白さに沈む遺跡はえもいわれぬ幻想に満ちています。

 けれど、この雪景色は現代ならではのもので、縄文人には縁遠いものだったはずです。

 縄文時代は地球全体が温暖化に進んでいた時代で、今の日本列島地域もかなり温かだったとされています。そのため、当時の青森は現在の静岡県くらいの気候だったらしくかなり温暖であったようです(自分で書いておいてなんですが、温暖であることのたとえ話として静岡県が引かれることってよくありますが、最初にやり出したのは誰なんでしょうか。ご存知の方はご一報ください)。もしも当時、冬に天候が崩れたとしても、降るのは雪ではなく雨だったことでしょう。雪が深々と降り積もる中、焚火に当たってぶるぶる震えながら暖を取っている縄文人の姿を想像しておられた方はご安心くださいね。

 これが歴史の面白さなのです。青森といえば寒い地域、豪雪地帯、というのが現代人の常識ですが、それはあくまで現代の先入観に過ぎません。過去を想像する際には、一度現代人の常識を脇に置いて、想像し直さなくてはならないのかもしれません。

 一方で、縄文人すら眺めることのできない縄文遺跡の姿に触れることができるというのもまた時空を超えた遺跡ならでは。防寒装備をしっかりとなさった上で、縄文人すら見たことのないだろう雪の三内丸山遺跡見物にしゃれ込むのも一興ではないでしょうか。

 この記事を書いた「マイみちスト」
(やつやぐるま)
東京都青梅市出身。駒澤大学文学部歴史学科(考古学専攻)卒。2012年『蒲生の記』で第18回歴史群像大賞優秀賞受賞。『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』でデビュー、2018年、『おもちゃ絵芳藤』(文藝春秋)で第七回 歴史時代作家クラブ作品賞受賞。主な著書に、『曽呂利!』、『しょったれ半蔵』、『安土唐獅子画狂伝 狩野永徳』など。ちなみに、妻が青森県人。
この「マイみちスト」の作品

安土唐獅子画狂伝 狩野永徳 (文芸書)

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