東北をフカボリ!「道の駅」日刊ウェブマガジン「まいにち・みちこ」

まいにち・みちこ

(すがわらまり)
盛岡市在住。聴くこと、撮ること、書くことを通して、「伝わる」ためのお手伝いを仕事にしています。

まばたき写真部〜こどもがカメラをもつということ〜

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人生は当たり前の毎日が重なる一冊の本。読んだあなたのその本に挟んでいく栞になるように、日々が少し彩るようにと思いながら書いていきます。満月と新月の頃に更新。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/56479328/9977

「このおみず、よーいどんしてる」

そんな声と一緒に、後部座席からシャッターの音がした。

この写真をみるたびに、わたしはあの日の雨の湿気や、鈴みたいな笑声や、車内に小さく響くラジオの音、そして今より少し小さなあなたを、はっきりと思い出せる。

きっと10年後でも、同じように。

わたしは、子どもが撮った写真が好きだ。だいぶ小さいときから子どもにカメラを渡していて、自由に写真を撮れるようにしている。

「ままは なんで、ぼくにカメラをくれたの?」

お休みの日、公園で一緒に写真を撮った帰り道の車内。子どもに尋ねられた。唐突な質問に少し驚き、後部座席に座っている子どもの表情をルームミラーで確認しながら、少し考えて、ゆっくりと、答えた。

 

 

たとえば、「夕焼けが、きょうは特別にきれいだな」とか「ああ、いまのこの、すーっごくいい気分、だれかに知ってほしいな」って思うことない?

その気持ちを伝える方法って、歌や、絵や、言葉や……ほんとうにたくさんあるんだけど。その中でも「写真」って大人とか子どもとか関係なく、気持ちが、するっと映せるんじゃないかなって思うんだよ。

 

むかしね。わたしが、小学生になるまえだったかなぁ。秋で、夕方の始まる頃。その日は稲刈りでね。田んぼから家までの帰り道、藁を積んだトラックの荷台に弟とふたりで寝転んでいたの。

ガタガタ揺れるの、じゃりみちだから笑  その揺れる視界には、大きくゆっくりと動くピンク色の雲。

「あぁかわいいなぁー、この色だいすきだなあ」

なんておもってたら、みるみる空の色が変わって。どんどん朱色に滲んでいって。背中がチクチクして。乾いた藁の匂いがして。つないだ弟の小さな手と、故郷の山並み。目の前の空いっぱいに、左から右へどんどんと強くなる、朱、朱、赤。

ドキドキしたまま家に帰って、急いでクレヨンで絵を描きはじめたんだ。まず山の線から。でも思い出せるのに、そのとおりに描けないの。あの山はもっとふっくらしていて…もこもこしていて…。お空の赤も、この色じゃない、ただの赤じゃなくて、もっと……こう、ぶるっとするくらいの色。お母さんに抱きつきたくなるくらいの、「あか」だったのに、って。

 

だいぶ昔のことだよ。だけど、頭の中にあることを形にできないむずむずした感じ。伝えたいのにそれがうまくいかないことが、すごく悔しかった

歌や絵やダンスや…そういうことができたらそれで伝えてもいいと思うの。でも、どのやり方も気持ちを形にできるくらいって言ったら、長い時間の練習とか特別な道具が必要なことが多いなって。

写真はいろいろ難しいこともやれるけどね、カメラがあれば、よーく見て、心が動いたら人差し指をカシャンって押すだけだから。

あの赤い朱い空を、描けなくてもがいてる小さいわたしにね。タイムマシンでカメラを渡しに行きたいなぁ、って時々おもっていたのよ。だから、あなたにカメラをプレゼントしたんだ。

写真がうまくなってほしい!って思うわけじゃなくて。まるごと感じたままが伝わるって、きもちがいいことだから。

まずはいっしょに、いろんなものを撮ってみようよ。わたしはね、あなたがみたものや感じたこと、もっと知りたいんだよ。だから、いっぱい撮って、いっぱい見せ合いっこしようよ。

 

そんなことを話しながら、家路に着いた。

一緒に、撮った写真をパソコンで眺め、印刷する写真を選ぶ。

少し前に撮ったこの写真を「ぷりんとする!」と言うので「雨を撮ったの?」と聞いたら、

「ちがうよ、水たまりの中にキラキラがたくさんあったんだよ」。そう説明してくれた。

けれど、わたしには濁った水たまりにしか見えなくて。

たぶん、ぽかんとした顔をしていたんだろう。伝わっていないな、と思ったのか、指差しながらゆっくりと話してくれる。「こことか、こことか。ぽちゃん!って おみずがおちたときに キラキラができるんだよ」。そこまで説明されてやっと、水たまりに十字架のように見える箇所があることに気づいた。

大人であるわたしは、当然、子どもよりもよく見えて、よく知っていて、よくできる、そんな風に思い込んでいたのかもしれない。それに思い返せば当時は24時間、365日一緒の時間を過ごしていて。子どもと自分の、時間も体もぎゅーーっとくっつきすぎて、心まで重なっているような気になっていた。

でも、写真を一緒に撮るようになり、子どものほうが「よく見えている」「よくできる」ことがたくさんあると知った。そして親子だとしても、あなたとわたしは別のものに心動く、ひとりずつの人間だ。

子ども達が撮るまっすぐな写真は、そんな当たり前のことをわたしに思い出させてくれたのだ。

 

クリスマス、冬休み。

家で過ごす時間も少し長くなる。ゲームも、雪遊びも楽しいが、我が子と、姪っ子や甥っ子と、お孫さんと、一緒に写真を撮るのはどうだろうか。

まばたきするように、自然にシャッターを切って。

その一枚で、お互いをもっともっとよく知ろう。

写真を囲んで、いつもよりいっぱい話をしよう。

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。菅原茉莉です。この先は、はみ出し話。「2018年の抱負について」です。いつもここからは会員の方限定だったのですが、今年最後の更新、皆さんに最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

 

今年、2017年はどんな一年だったでしょうか。2018年の抱負は決まっていますか?

年末も近くて、さらに新月の今日は、そういうことを考えるには最適の日ですね。

わたしの抱負は、「子どもが撮った写真」を深掘りしていきたい、ということ。今まで大人向けのカメラの教室に携わったことはあったのですが、いつか子どもとそんな部活動のようなことをしていきたい、と思っていました。

家のアルバムに子ども本人が撮った写真が入っていると、見返したとき、そのときどきで子どもが興味あるものが写っていたり、低いアングルから「ああこんな風にわたしを見上げていたんだ」と知ることができたり、家族の思い出をさらにはっきりとさせてくれます。

 

そして、写真は「真を写す」と書きますが、その一枚をどんな気持ちで撮ったかって後から見るとすんなり思い出せるんですよね。

これはまだ実践中で結果はわからないのですが、今は小さいこども達が、成長して何かに迷ったとき。自分がどんなときに心を動かしていたかが写る写真が、悩むその子のヒントになってくれるんじゃないか、という期待もあります。

いろいろと想いはありますが、まずは「子ども達が楽しく写真を撮れる場」を作ることですね。2018年、頑張ります。

 

2017年はいろいろ変化の多い一年になりました。撮ったり書いたりのお仕事のなかで、「まいにち・みちこ」ともご縁を頂き、こうしてみなさんの目に触れる場で文章を書くことができていること、ほんとうにありがたいなあと思っています。

新月と満月の日の更新をしながら、わたし自身も少し月を意識して生活するようになり、何かを始めるタイミングや、手放すタイミング、自分のペースメーカーのような気持ちで空を見上げています。

2018年も、お月様をみたら思い出してもらえる記事をめざして、今年以上にあちこちおじゃまして、じっくりとお話を聴き、書いていきたいと思います。

どうぞよろしくおねがいします。

ではみなさま、よい年末年始をお過ごし下さい!

 

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