日刊ウェブマガジン「まいにち・みちこ」│東北「道の駅」公式マガジンmichi-co

まいにち・みちこ

(すがわらまり)
盛岡市在住。聴くこと、撮ること、書くことを通して、「伝わる」ためのお手伝いを仕事にしています。

奏でる重なる、一杯のコーヒーを。

人生は当たり前の毎日が重なる一冊の本。読んだあなたのその本に挟んでいく栞になるように、日々が少し彩るようにと思いながら書いていきます。満月と新月の頃に更新。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/56479328/9153

冬らしい寒さ、晴れた日の午前中。
寒い寒い、と手をこすり合わせながら入り口の扉をあける。お店の中の柔らかい空気が、店主の「おはようございます」の明るい声と一緒にわたしを包む。

今朝来たのは南大通、盛岡劇場向かいにある「いなだ珈琲舎」。

今日は早く来た、と思ったのに店内は2席を残してお客様で埋まっていた。
「こちらへどうぞ」促してもらい、カウンター席の真ん中に座る。

わたしの次に来た常連さんらしきお客様にも、
「◯◯さん、おはようございます。今日も窓側の指定席でいいですか?」
と笑顔で声をかける店主。

店内はカウンターが7席。
4人掛けのテーブルが1つ。

平日の午前中だというのに、あっという間に満席だ。

やわらかな笑顔でカウンターに立つのはマスターの稲田耕基さん。
メガネの奥の眼差しが穏やか。お話していると、お酒、音楽、歴史……と、話題の引き出しの多さに驚く。所作も会話もスマートで、お客様が良い時間を過ごせるようにと細かいところにまで気を配っていくれていることが伝わる。珈琲の味はもちろんだが、稲田さんのお人柄に惹かれてここに通う人も多いのだろう。

…Kブレンド、コロンビア、ケニア、コスタリカ……。ストレートもいいけれど、カフェオレもいいなぁ。なかなか決められずにメニューとにらめっこをしていると、

ザッザッザッ  ザッザッザッ

食欲をそそるリズミカルな音がする。珈琲を迷っていたのも忘れ、思わずカウンターの中にいる稲田さんの手元を覗き込む。
軽快な音の正体は、カリッと焼けたトーストの表面にバターをぬる音だった。
珈琲の香りで満たされていた店内に、さらに色の違う香ばしさが重なる。

ほんのり色づいた焼き目。なめらかなバターが、じわっとしみこんでいく。
トーストは三等分にカットされ、一切れにはリンゴジャム、もう一切れにはブルーベリージャムがのせられて3つの味が楽しめるのも嬉しい。

満席になった店内。クラッシックの流れる中、稲田さんはテンポよく料理を仕上げていく。カウンターの中、音楽と調理の音が静かに響く。

みとれていて、珈琲のオーダーをすっかり忘れてしまっていた。トーストをお客様に出し終えたタイミングで、コスタリカを注文した。

ガラスの入れ物に入った艶やかな珈琲豆を、白いスプーンで銀色の器に2杯すくいいれる。
豆、一粒一粒の小さな音が集まり、「カラカラカラカラン」とかわいらしい音をたてる。

グラインダーに豆をいれ、挽いた豆をまた銀色の器で受け止める。
豆を弾き始めた瞬間、1メートルほど離れたわたしの席にまでコスタリカの香りがはっきりと届いた。

カンカン、カンカン。

挽いた豆の入ったカップを、ドリッパーに軽く何度か当てる。打楽器のような音が心地いい。フィルターに豆を入れ、ゆっくりと湯を注ぐと、白いフィルターにじんわりと茶色が滲み、ゆるやかに弧を描きながら上る湯気にあわせて、こちらの空気まであたたかになるのを感じる。

隣に座っていた女性がコーヒーを淹れる時のコツについて尋ねると、
「お湯を注いだら、一度上がりきるまでまつんです。よく20秒とか30秒とか書いている本もありますけど、数えなくて大丈夫ですよ」。と答える稲田さん。

その会話を聴きながら、昔、料理上手な女性とした会話を思い出していた。あるとき、付け合わせに添えてあったブロッコリーがあまりにも美味しくて、これ何秒茹でるの?と、尋ねたら、
「何秒茹でる?数えたことないわ、『ブロッコリーの香りがしてきたなあ』って思うまで茹でるのよ」。と答えてくれた。

美味しい料理を作る人はこんな感覚で料理をしているのか、と驚いたのだ。

 

あらためて稲田さんの珈琲を淹れる手に視線を戻す。
耳をすますと、雨音のような小さな音がする。目の前で、ゆっくりと、「わたしの一杯」を淹れてもらえる、贅沢な時間を至近距離で楽しむ。

コスタリカを飲みながらお話しているなかで稲田さんが、「小学生のときにトランペットに出会いそれから音楽一筋。大学でも音楽を学んだ」、という話を聞かせてくれた。

お店のなかに満ちている、リズム、テンポ、音の理由がわかった気がした。

お客様の話す声、珈琲を淹れる水音、食器の音。心地よいたくさんの音が奏でられる。それはオーケストラのように、BGMのクラシックと重なっていく。
いなだ珈琲舎で過ごす時間は、まるごと音楽だ。

 

「街のなかにある、灯台のような存在になれたら」。

どんなお店でありたいですか?と聴いたわたしに、そう答えをくれた稲田さん。

珈琲のなかに白熱灯の灯りが映り込む。

「この一杯が、まさに『灯り』なんだな」、などと考えていたらすっかり時間が過ぎてしまった。

 

 

この日は、夕方頃に立ち寄ったのだが、ちょっと長居し過ぎた。外はもう暗い。

背中にかけてもらう「いってらっしゃい」、の一言がわたしの気持ちを明るく照らす。
盛岡劇場の横を駐車場に向かって歩く。

明るいなあ、と思って見上げると、白熱灯と同じ形の月灯りがあって驚いた。夜空が、とびきり大きな珈琲カップのようだ。

足を止め、珈琲の香りをまた思い出す。
寒い冬の夜空の下にいるはずなのに、不思議とぽかぽかしている気持ちを抱え、家路をまた急いだ。

読んでいただきありがとうございます。菅原茉莉です。
ここからは編集後記です、どうぞお付き合いくださいね。

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