日刊ウェブマガジン「まいにち・みちこ」│東北「道の駅」公式マガジンmichi-co

まいにち・みちこ

ひらぬまよしゆき(よっきれん)
廃道探索とその情報発信を生業にする、日本初のプロ・オブローダー(オブローダーとは廃道探索者)を自称。幼少を過ごした秋田県で廃道探索の面白さに目覚め、東北地方の素朴な道をこよなく愛する。様々な道路の風景の中でも、人の英知と労働が大地を穿つ形となったトンネルが、特に大好き。東京都日野市在住だが、年の半分近くは秋田で生活する。1977年生まれ。

【プレミアム版】第3回 龍飛道(たっぴみち)の洞門群 青森県

本記事では、東北各地で今もなお活躍し、或いは役目を終えて静かに眠る、そんな歴史深い隧道(=トンネル)たちを道路愛好家の目線で紹介する。土木技術が今日より遙かに貧弱だった時代から、交通という文明の根本を文字通り日陰に立って支え続けた偉大な功労者の活躍を伝えたい。

(本記事は季刊誌「michi-co」に掲載しきれなかった文章や資料を著者の好意により「プレミアム会員向け」に全て掲載したものです。)

 

鮑(あわび)漁の収益でトンネルを掘った

本州から北海道へ延びる未完の架け橋のような津軽半島。その突端にある龍飛崎を、文豪・太宰治は昭和19年の小説『津軽』の中で、「そこに於いて諸君の路は全く尽きる」と表現した。しかし今日、龍飛の地中から海底深く潜り込む青函トンネル(全長約54キロ)が海峡の向こう側へ通じている。そんな世界第2位の長大トンネルの在処へと通じる道にあるのが、今回紹介する洞門群(※1)だ。

青森から三廐へと至る津軽半島東海岸の道は、かつて松前道と呼ばれ、蝦夷地(松前藩)への渡海を志す者たちの往来によって栄えた。しかし明治以降は青森に渡航地の地位を奪われたことで、松前道の改修も停滞した。三廐までようやく路線バスが通じたのは大正13年である。龍飛は三廐からさらに3里北に隔たる陸の終着地だ。当時の龍飛道の状況を『三廐村史』は次のように書いている。

 

 

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