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『このレポートは、「日本の廃道」2013年7月号に掲載された「特濃廃道歩き 第40回 茂浦鉄道」を加筆修正したものです。当記事は廃線探索をテーマにしており、不用意に真似をした場合、あなたの生命に危険が及ぶ可能性があります。当記事を参考にあなたが廃道へ赴き、いかなる損害を受けた場合も、作者(マイみちスト)およびみちこ編集室・道の駅連絡会は責を負いません。』

茂浦鉄道 【机上調査編 第15回】

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まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/43279586/29837

【机上調査編 第2回】より、前述の「日本の廃道」では未公開の、完全新規の執筆内容となります。

 

幻の大陸連絡港と運命を共にした、小さな未成線

 

所在地 青森県東津軽郡平内町

探索日 2010/6/6

 

【机上調査編 お品書き】

 

第1章.会社設立と計画

第2章.工事の進捗と挫折

第3章.復活の努力と解散(←今回)

 

第3章.復活の努力と解散

 

免許          明治44年6月26日

施工許可   大正元年11月21日

工事竣工期限      2年11月13日

第1回延期期限    3年11月13日

第2回延期期限    4年11月13日

第3回延期期限    5年11月13日

第4回延期期限    6年11月13日

免許失効            7年2月2

 

茂浦鉄道の終焉と訃報

茂浦鉄道は大正7年2月2日に斃れた。同じ年の5月と11月には、同社を支えた二人の実業家の訃報があった。日向輝武(ひなたてるたけ)と佐和正(さわただし)である。

日向は茂浦鉄道の初代社長で、会社設立当時の10人の発起人の筆頭でもあった。この長いレポートの中でも最初のうちよく登場していた。しかし、大正4年7月に任期満了で退任したが、彼の個人的事業の失敗のため会社が損害を蒙ったとして(その実態はよく分かっていないが)、同年10月の臨時株主総会では名指しで責任を追及されている。
彼は明治3年に群馬県で生まれた。21年に渡米し、大陸移民会社を作り貿易に従事、31年に帰国。京浜銀行常務、人民新聞社長などを務めた。34年日本広告(現電通)初代会長。35年衆議院議員となり当選5回。《日本人名大辞典》
彼が茂浦鉄道創立の中心的人物となった経緯は記録にないが、貿易に精通した経歴や、政治手腕を買われての大役であったろうか。しかし、大正7年5月28日に48才の若さで死去した。

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 この記事を書いた「マイみちスト」
ひらぬまよしゆき(よっきれん)
廃道探索とその情報発信を生業にする、日本初のプロ・オブローダー(オブローダーとは廃道探索者)を自称。幼少を過ごした秋田県で廃道探索の面白さに目覚め、東北地方の素朴な道をこよなく愛する。様々な道路の風景の中でも、人の英知と労働が大地を穿つ形となったトンネルが、特に大好き。東京都日野市在住だが、年の半分近くは秋田で生活する。1977年生まれ。

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