
第17回 中野俣川炭焼道の隧道 山形県
季刊誌「おでかけ・みちこ」2020年12月25日号掲載 奥山に…
今から10年前。こいつを見つけたときは夕暮れの山中にありったけの歓喜を叫んだ。雪谷隧道の発見は、私という廃道探索者(オブローダー)の人生の額縁にいつまでも飾っておきたいと思えるワンシーンになった。
この隧道は、岩手県北部の九戸(くのへ)村雪屋(ゆきや)集落から、未舗装の林道を6キロほど分け入った山中に坑口があり、軽米(かるまい)町側へ抜けていた。だが、使用されなくなってから相当に年月が経過しているようで、完全な廃隧道になっていた。付近に目印もないため見つけるのには大変苦労した。
これまで一度も地形図に描かれたことがないこの隧道だが、記録自体がとても少なく、関係する市町村史や県史、県土木部小史などにも全く記述がない。隧道発見のきっかけとなったのは、昭和16年に内務省土木試験所が発行した「本邦道路隧道輯覽(しゅうらん)」(※)の存在だ。これは大正後期から昭和初期にかけて建設された全国(外地も含む)の主要な道路トンネル96本のデータをまとめた技術者向けの資料で、いわば当時の先端技術が投入された、国の誇るべき道路トンネルのリストなのだが、そこに雪谷隧道が記載されている。
同資料によると雪谷隧道は、大正13年8月4日に起工し、翌14年6月30日竣工した、全長145メートルからなる全面コンクリート造りの隧道だ。当時コンクリートでトンネル内部を覆工することは最先端技術に属しており、この雪谷隧道こそ岩手県最古、東北最古級の記念すべきコンクリート道路トンネルであり、本来なら土木遺産級の逸品だったのである。そんな希有な価値を有する隧道が、なぜ、歴史的にも幹線ではなかった北上山地の北縁をすり抜ける経路に誕生し得たのだろう。そしてなにゆえ、多くの記録と記憶を周囲に残すことなく消えていったのだろう。まるで幻の如し。東北の山河に対する広漠としたイメージは、この隧道に一つの頂が形成されている。こんな隧道が眠っていてこその東北だ。
※土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブスにて公開されている。東北全体では、本連載の第2回でとり上げた「雄鹿戸隧道」を含む11本が掲載。
上に掲載したのが、本邦道路隧道輯覽(以下、輯覽)に掲載されている雪谷隧道に関する全てである。この資料の発見から10年を経過し、様々な机上調査を試みた後の現時点においてなお、雪谷隧道の存在を記した唯一の一次資料であり続けている。これぞ大発見への道を開いた“ロゼッタ・ストーン”というべき存在だ。そしてこれから語るのは、私がこの1枚の資料からいかにして1本の廃隧道に辿り着いたかという物語である。
輯覽の雪谷隧道を初めて見た平成19年の私は、立派なアーチ石やパラペット(壁柱)を有する坑門の設計図に激しく熱情を誘われたが、同時に目に飛び込んできた「大正14年6月30日」という古い竣工日と、材料欄にあるコンクリートおよびコンクリートブロックなどの文字には、真剣さを取り戻さねばならなかった。全長約145メートル、幅約3.6メートル、高さ4.5メートルというこの隧道、なんとコンクリート造りである。これは県土木史上に残るべき1本ではないかと思い至る。
輯覽には他に県内の隧道が3本収録されていて、それは雄鹿戸隧道(昭和10年竣工)、山伏隧道(昭和12年)、白石隧道(明治18年)である。このうち、今は国道107号が通じている白石峠にあった白石隧道が「県内最古の道路トンネル」であるが、拡幅と同時にコンクリートの覆工を得たのは昭和2年である。そして従来これが県下初のコンクリート道路トンネルと考えられていた。しかし、輯覽を見る限り、雪谷隧道は大正14年の竣工当初からコンクリートの覆工を持っていたのであり、県内最古のコンクリート道路トンネルだった可能性が極めて高い! なお、前述の3トンネルは全てコンクリート隧道だが、雄鹿戸隧道のみ現在も活躍中で、かつ原形をよく留めている。そのため土木学会がまとめた「日本の近代化土木遺産2800選」にも収録されているのであるが、もしも雪谷隧道が良好な保存状態で発見されることがあれば、比肩する土木遺産になり得るかも知れない。これはお宝の匂いがプンプンするぞぃ!
だが、当時既に人一倍は東北地方の古い隧道を知っている自負があったにもかかわらず、雪谷隧道というのは全く覚えのない名前であった。だからこそ一瞬で興味の導火線に着火した。そして、現状を知るための長い戦いが始まった……(残り文字数8,500字以上・写真資料30点以上)
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探検の興奮がジリジリと音を立てて伝わってくるような、文章に凄い力があります。季刊誌ではとても情報が少なく思っていたのですが、こちらは資料も写真も多く、最後まで読み応えがありました。早く後編が読みたいです。
読み応えありました。私も次に期待しています。