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第5回 雪谷(ゆきや)隧道・岩手県

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本記事では、東北各地で今もなお活躍し、或いは役目を終えて静かに眠る、そんな歴史深い隧道(=トンネル)たちを道路愛好家の目線で紹介する。土木技術が今日より遙かに貧弱だった時代から、交通という文明の根本を文字通り日陰に立って支え続けた偉大な功労者の活躍を伝えたい。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/43279586/10185

季刊誌「michi-co」2017年12月25日号掲載

 

東北最古級のコンクリート道路トンネルを新発見!

 今から10年前。こいつを見つけたときは夕暮れの山中にありったけの歓喜を叫んだ。雪谷隧道の発見は、私というの人生の額縁にいつまでも飾っておきたいと思えるワンシーンになった。

 この隧道は、岩手県北部の村集落から、未舗装林道を6キロほど入った山中に坑口があり、町側へ抜けていた。使用されなくなってから相当に年月が経過しているようで、完全な廃隧道になっていた。付近に目印もなく、見つけるのに大変苦労した。

ついに発見した、雪谷隧道の坑口!これは九戸側坑口で、コンクリートの巨大な擁壁を両側に従えた堂々たる姿だ

 

 これまで一度も地形図に描かれたことがないこの隧道は、記録自体がとても少なく、関係する市町村史や県史、県土木部小史などにも全く記述がない。隧道発見のきっかけは、昭和16年に内務省土木試験所が発行した「本邦道路隧道輯覽」(※)の存在だ。これは大正後期から昭和初期にかけて建設された全国(外地も含む)の主要な道路トンネル96本のデータをまとめた技術者向けの資料で、いわば当時の先端技術が投入された国の誇るべき道路トンネルのリストなのだが、そこに雪谷隧道が記載されている。

隧道へ通じる林道の起点にある雪屋集落。隧道が建造された当時は雪谷と書かれていた。写真後方のなだらかな尾根の一画に隧道は存在する
「本邦道路隧道輯覽」に掲載された雪谷隧道の図。各種の技術的情報が凝縮されている。この資料に出合えたのが雪谷隧道への全てのきっかけだった

 

 同資料によると雪谷隧道は、大正13年8月4日起工、翌14年6月30日竣工、全長145メートルからなる全面コンクリート造りの隧道だ。当時コンクリートでトンネル内部を覆工することは最先端技術に属しており、この雪谷隧道こそ岩手県最古、東北最古級の記念すべきコンクリート道路トンネルとして、本来なら土木遺産級の逸品だったのである。そんな希有な価値を有する隧道が、なぜ、歴史的にも幹線ではなかった北上山地の北縁をすり抜ける経路に誕生し得たのだろう。そしてなにゆえ、多くの記録と記憶を周囲に残すことなく消えていったのだろう。まるで幻の如し。東北の山河に対する広漠としたイメージは、この隧道に一つの頂が形成されている。こんな隧道が眠っていてこその東北だ。

※土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブスにて公開されている。東北全体では、本連載の第2回でとり上げた「雄鹿戸隧道」を含む11本が掲載。

 

雪谷隧道発見に至った詳細な経緯と、廃道区間全体の現状は、同「プレミアム版」で公開中。ぜひご覧ください。

 

 この記事を書いた「マイみちスト」
ひらぬまよしゆき(よっきれん)
廃道探索とその情報発信を生業にする、日本初のプロ・オブローダー(オブローダーとは廃道探索者)を自称。幼少を過ごした秋田県で廃道探索の面白さに目覚め、東北地方の素朴な道をこよなく愛する。様々な道路の風景の中でも、人の英知と労働が大地を穿つ形となったトンネルが、特に大好き。東京都日野市在住だが、年の半分近くは秋田で生活する。1977年生まれ。

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