まいにち・みちこ【東北 道の駅 日刊マガジン】

第9回「ナビスコという名の猫について」

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シンガーソングライター坂本サトルが出会った音、風景、そして人…
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/34975682/14416

まあまあの猫好きだ。
どちらかというと犬の方が性格良さそうで好きかな。いや、猫も猫によってはいい性格のやつもいるな。
そう言えば同じマンションに住んでる誰かが飼っている犬はエレベーターで一緒になるとものすごく吠えるから苦手だな。猫は吠えないからやっぱり猫にしとくか…
ま、とにかく。
本気の愛猫家の皆さんのお話しを聞いていると「僕なんかとてもとても…」と恐縮してしまうけど、僕は僕なりの距離感で猫を愛している。今日はそんなお話し。

2011年の夏、駐車場で1匹の猫を見かけるようになった。
人に飼われている(いた?)らしく人懐こい。出かける時も帰ってきてもどこからともなく現れてニャーニャー言ったりついて来たりする。
被災地に通い続けるうちに少しずつ気持ちが消耗してきている事に気付き始めていた頃だった事もあって、僕はこの猫との時間にとても癒されていた。
ある夜、「もし今夜も現れたらうちで飼おう」と決めて、車を停めて玄関に向かって歩き出すと猫はその話を聞いていたかのように、待ってましたとばかりに現れた。
よし、飼うぞ。

まず始めにやったことが2つ。
1つ目が存在するかも知れない飼い主を探すことだった。
捨て猫であることが決定してから飼う。当たり前の事だけれども。

まずは「飼い主を探しています」というA4サイズのチラシを作って近所のコンビニに貼ってもらった。
その時の実際のチラシがこちら。

 

 

地元の新聞に3行広告も出した。
やりすぎかとは思ったが「ちゃんと探しましたからね。いいですね。飼いますよ」というアリバイ作りのようなものだった。正々堂々飼うのだ。
2週間ぐらい探した、という実績があれば十分ではないか。

そして同時に2つ目の事もした。動物病院に連れて行くこと。
受診の結果とくに病気はなく、こいつはメスで推定4~5才。ちゃんと避妊手術が施されているということがわかった。
先生が良い方で「そういう事情なら飼い主が見つかるか、あなた方が飼う事になるのかが決まるまでうちで預かりますよ」と言って下さって、僕らは「飼い主よ見つかるな!」と願いながら2週間が経つのを待った。すでに飼う気は満々だった。

結局飼い主は現れず、その捨て猫は晴れて我が家にやって来て、僕らはその猫を「ナビスコ」と名付けた。

 

 

結局「ナビ」と呼ばれることになったその猫はとても大人しかった。
猫で4~5才と言えば人間で30代半ば。まだまだイケてるお年頃だと思うが本当に大人しい。達観したようにいつも静かにベランダの外を見ている。

そして不思議なことにナビは爪研ぎをしなかった。まねごとのような仕草はするが爪は研がない。そういう猫もいるものなのか?被災地の倒木を使って作ったという爪研ぎ(高かった…)は何のために買ったのか?

ある時、病院でその謎の驚くべき理由が分かった。なんとナビには爪がなかったのだ。
抜爪手術(ばっそうしゅじゅつ)という手術がある。これについては動物虐待だ!という否定的な意見が多いようだが、その名の通り猫の爪を手術で生えないようにしてしまうという医療行為だ。
獣医に尋ねると具体的には「人間で言うと第一関節ぐらいから先を切り落とします」とのこと。あまりに残酷。聞いたときはゾッとして鳥肌が立った。
しかし手術後に出会ってしまったのだからどうしようもない。爪がないため踏ん張ることができず、ジャンプも上手に出来ないし歩く姿もなんだかぎこちないナビの姿は哀れで、健気で、それを知ってからはその拾ってきた猫への愛情はさらに深まったのだった。
(その後、その高価な爪研ぎは横倒しにされてエサ置き場として第2の役目に就いた)

 

 

ある時にナビの顔にコブのようなものが出来て、それは日に日に大きくなっていった。
病院に診せると「手術して取ってしまいましょう」と言う。取れるなら取りましょう、ああ良かった、と一旦安心したものの一応セカンドオピニオンを聞いておこうという事で他の病院に連れて行った時に、僕らはとんでもない事実を知ることになる。精密検査とレントゲン撮影の結果、ナビは推定13~14才。心臓と背骨に奇形があることがわかった。そう、ナビはお婆ちゃんだったのだ!さらに腎不全を発症していて(老猫に多い)、手術用の麻酔で死んでしまう可能性が高いこともわかった。

結局手術をあきらめ、それから朝晩2回の補液が始まった。
補液というのは他の動物で言えば点滴のようなもの。腎不全の猫は健康な猫よりもより水分が必要なのにあまり水を飲まないことが多い。その不足した水分を点滴で補填するというわけ。
「猫にどうやって点滴するんだ!?」と困惑したが、なんとネコ科の動物のみ皮下注射での点滴が可能なのだ。
具体的には首の後ろあたりの皮が柔らかいところ(親猫が子猫をくわえる時に噛むあたり)に注射針を刺して水分(生理食塩水かな)をゆっくり注入する。もちろんひと肌(猫肌)に温めて。これを自宅でやるわけだ。
つまり1週間分の補液セットは14回分。物量的にも金額的にもかなりのボリュームだったがこれを1年半続けた。初めのうちは針を刺すのが恐ろしくてこちらの緊張が猫にも伝わって何度も失敗したが、お互い慣れるとちゃんと日常の中に取り込まれ、やがて習慣となった。

それでも腎不全は確実にナビの身体を蝕んでいき、少しずつだが確実に彼女は弱っていった。
寝たきりになり猫用のオムツ(そんなものがあるのだ)をし、エサもあまり食べなくなった。
彼女は主に妻に懐いていて、恐らく僕のことは「時々帰って来る同居人」ぐらいにしか思っていなかっただろうが、3度ほど見ていてゾッとするような痙攣を起こしたのは3度とも僕がひとりで家にいる時だった。(留守中に一匹きりで苦しんでいたこともあったに違いない)

なぜ大好きなはずの妻の前ではそんな姿を見せないのか。たまたまなのか意志があるのか。
そしてなぜこんなに苦しい思いをしながら生きようとするのか。動物の本能なのか他に理由があるのか。
苦しみながらそれでも生き続けるナビを目の前にして、僕は歌を書こうと思ったのだった。
寄り添って生きる1匹とひとりの物語。

 

『話す猫』 詞・曲 坂本サトル

 

猫はね ほんとは話せるんだ

シャワーが恐いってこと 気に入ってるエサの味

 

今日はね 嫌なことがあったの

涙も流れなくて 誰にも話せなくて

 

明かりの消えた玄関で ちょこんと待っていてくれた

「おかえり」って言ってるみたいに

「大変だったね」って慰めてるみたいに

 

1人と1匹は それぞれの思いの深さに

気付かないままで 仲良く 仲良く暮らしてる

 

猫のね 神様は意地悪で

もしも人と話せば 次の朝 空に還る

僕はね ほんとは話せるんだ

多分捨てられたこと 拾ってもらえたこと

 

ああ この子と話せたらいいのにな

友達で兄さんで 弟で父親で

 

暮れてく街に灯る明かり 一緒にベランダで見てたら

1日分の澱みがすーっと 晴れていったよ

さあご飯にしよう

 

1人と1匹は それぞれの思いの深さに

気付かないままで 仲良く 仲良く暮らしてる

 

僕はね ほんとは話せるけど

一緒にいたいからさ 今日もやめとくよ

(アルバム『プレゼント』収録)

 

我が家にナビがやって来てから丸3年が経とうとする7月のある日、またしても僕だけが家にいる時のこと。
寝たきりでほとんど動くことがなかったナビが、音を立てて激しく痙攣し始めた。ただならぬ雰囲気に急いで近寄ってみると目をカッと見開いていて瞳孔がすごい早さで開いたり閉じたりしていた。いよいよその時が来たのか。
為す術もなく見ているだけの僕の前でナビはスーッと静かになった。まだ生きてる。呼吸が穏やかになった。峠を越えたということか。
ホッとして用意していた昼食を食べた。妻が仕事から帰ってくるまではなんとか生きていて欲しい。
急いで食べたからほんの5分ほどだったと思う。食器を片付けてナビの元に近寄ると、彼女は息を引き取っていた。
僕らの元にやってきたお婆ちゃんは、結局、1番懐いていた人には苦しんでいる姿を一度も見せることなく、僕のそばで旅立ったのだった。

ナビがいなくなってから3年。
酔っ払って帰ってきてソファに寝てしまった時だけ僕にくっついて寝た。
僕にはあんまり懐かなかったけれど、俺も毎日の補液、頑張ったんだぞ、ナビ。

 

 この記事を書いた「マイみちスト」
(さかもとさとる)
1967年青森県生まれ。1992年、JIGGER’S SONのボーカル、ギターとしてメジャーデビュー。1999年「天使達の歌」でソロ活動開始。自身の活動の他、楽曲提供、プロデュース、映画等の音楽制作、ラジオパーソナリティとしても活動中。
この「マイみちスト」の作品

SOUND of SURPRISE

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皆さまよりお寄せいただいた感想はこちら (6)
  1. 成金博士 さん

    へぇ〜、「話す猫」ってこういう経緯で作られたんですね。
    知りませんでした。ラジオで話した事あったんですかね?
    私も、犬みたいに吠えないし散歩する手間もないので、
    どちらかといえば猫派かも。
    でも死に目に立ち会う覚悟って無いから、飼うのはチョット躊躇しちゃいますね。
    いいお話でした。

    ※余談ですが、本日2月28日は「ビスケットの日」なのだそうです。
    ネコちゃんのお名前「ナビスコ」にひっかけて…。失礼しました…。

  2. 寒石 凍 さん

    高校生の頃、保護したけど、生まれつき顔に腫瘍があり、転移も多くて、もう手術では取りきれないから病院で安楽死させようとした猫と出会い、半年間家族になりました。当時既に猫がいて当然、親は反対したのですが、自分が面倒みるからと説得して迎え入れました。ほとんど治療が出来ないので、食べたいものを食べさせてやる、撫でて欲しかったら眠るまで撫でる。最後の1ヶ月はもう、ここで書くことも憚れる状態だったけれど、最期は静かにその生を閉じました。今だに自分の行為は自己満足だったのか、学校をサボる口実の為だったとか、本猫は本当はひと思いに殺して欲しかったのだろうかと葛藤する時があります。
    ちなみにその猫の名前はスナ。3歳くらいの女子でした。

  3. ハピママ さん

    猫が大好きなので、
    「話す猫」を聞いてサトルさんも
    猫好きなんだと知り、嬉しかったです。
    曲の背景にこんなエピソードが
    あったなんて!胸が熱くなります。
    どんな環境で生きて来たのか
    わかりませんが、
    ナビちゃんはサトルさんとの余生を選んだのかもしれませんね。

  4. たかし さん

    ナビちゃんは
    坂本家に来て
    幸せだったと思います

  5. コメは二合 さん

    《話す猫》、とても好きな曲ですが、このような裏話があったんですね。
    ナビちゃん、大好きな奥様には心配をかけたくなかったんでしょうね。
    で、サトルさんの強さには甘えたんではないでしょうか?
    サトルさんには、あまりなつかなかったのは、照れていたんじゃないですか?
    ナビちゃんは、サトルさんと奥様に出逢えて幸せだったと思います。

  6. 組合長 さん

    動物を飼っている(犬ですが…)者にとって考えさせられるお話でした。飼った以上は責任を持って最後まで一緒に過ごしたい。そう強く感じました。
    「話す猫」今度ライブで歌わせていただきます。飼い主と猫、お互いの気持ちが伝わるように歌いたいと思います。

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