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まいにち・みちこ【東北 道の駅 日刊マガジン】

(さかもとさとる)
1967年青森県生まれ。1992年、JIGGER’S SONのボーカル、ギターとしてメジャーデビュー。1999年「天使達の歌」でソロ活動開始。自身の活動の他、楽曲提供、プロデュース、映画等の音楽制作、ラジオパーソナリティとしても活動中。

第5回「曲を書くということ~70%の自由」

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シンガーソングライター坂本サトルが出会った音、風景、そして人…
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/34975682/12736

ここしばらくは曲を書いていた。
10代の女の子5人組が歌う曲で、彼女たちがメジャーデビューしてからの楽曲は全て僕が書いている。
今回の曲でちょうど10曲目。アルバム1枚分。自分で言ってしまうがどの曲も良く出来ている。特に今回書いた2曲はどちらも名曲でデモ音源を聴いて何度も鳥肌が立つほどだ。

気がつけばここ10年程は自分で歌う曲よりも依頼されて書く曲の方が圧倒的に多かった。
「坂本サトルで」というオファーがあっても企業やサッカーチームのイメージソングだったり映画やドラマのサウンドトラックだったりで、これもやはり依頼されて書いた曲、ということになる。

楽曲の制作を依頼されるということは、こちらの勝手な言い方で言わせてもらうと曲を書くネタをもらったということだ。
企業ものの場合は取材に出かけ、関係者と酒を酌み交わし、話しを聞いて歌詞の構想を練っていく。
アーティストものの場合は歌い手の年齢やイメージ、声のキーなどをヒントに制作を進める。
どちらの場合も気持ちとしては「裏方」で、歌い手や企業イメージ等、1番大事なものが引き立つ事を最優先する。
メロディやサウンド、歌詞については依頼主はいわゆる「坂本サトルらしさ」を要求していることが多いので、これまで出した自分の曲に似ていても全く構わない。それどころか「あの曲を今やり直したとしたらどんな風になるかな?」などとこっそりリメイクすることもある。そして面白いのは結果的にそれが「今までにはない曲」になることが往々にしてあるのだ。依頼主の期待に応えなければ、というプレッシャーはあるが楽しくやり甲斐のある仕事だ。

ところが自分の曲になると途端に「今まで書いたことのないような曲を!」とか「とんでもないい曲を書くぞ!」とチカラが入りすぎてどうもうまくいかない。題材も曲の感じも100%自由にしていいはずなのに自由すぎて逆に何をすればいいのかわからない、という感覚だ。自分で締切を設定したりもするが自分で決めた締切はどんどん後回しにされていって純粋なオリジナルアルバムというものは結局前作から9年間作っていない。さてどうしたものか。僕は困っていたのだった。

あるシンガーは彼の「70%」という曲でこう歌った。

70%の自由 ちょうど良い自由
広いその庭で放し飼いにして

70%の自由 丈夫なその糸で
ゲイラカイトのように遠くまでとばして

完璧な自由はいらない
完璧な自由は恐ろしい
(坂本サトル「70%」より)

あ、俺です。
2000年にリリースした曲なので、結局18年前から同じ事を考えていたということか。
「依頼される」ということが30%分というわけ。僕はもう100%自由な曲を書けなくなっているのだろうか?

 

初めてオリジナル曲を書いたのは19才の時だった。
当時付き合っていた彼女の誕生日にお金で買えないものをプレゼントしよう、そうだ、曲を書くのだ!と当時出たばかりのカセットテープを使った4トラックのマルチレコーダーを使って全部の楽器を自分で演奏して作った。ま、良くある話しです。
その曲を彼女に送ったことは覚えているが、どういうわけかそれに対して彼女がどういう反応をしたのか全く記憶にない。あまりいい反応ではなかったから消し去ってしまったのかな。
とにかく僕の作詞&作曲人生はその時に始まったのだった。

以来、書き下ろした曲はJASRACに登録されている曲で2018年1月現在254曲。例の19才で書いた初のオリジナル曲やアマチュア時代のもの、そしてデビュー後もラジオ番組用等に企画ものとして書き下ろした未登録楽曲等を加えれば300曲弱、ということになるだろうか。
JASRACの検索サイト(※)に表示された自分の登録楽曲リストを見ながら考える。果たしてこのうち何曲が「100%自由」で書かれたのか、と。

なんと、驚くべき事にほぼ全ての楽曲を書き始めたきっかけを僕は覚えていたのであった。そしてさらに驚いたのは100%自発的に書かれた曲はその中でわずか23曲だけだったのだ!1割以下じゃないか。つまり9割以上の曲が他の誰かが設定した締めきりに追われて書いたものだったのだ。
そう、僕は元々「100%自由」で曲を書くタイプではなかったのだ!

しばし呆然。そして目からウロコ。俺は「100%自由な曲をもう書けなくなったのか?」などと自分を責める必要などない。元々そっちのタイプじゃないのだ。なんということ!
その23曲の中には僕の代表曲となっているものもあったが「まあまあ」のやつもあって、書くきっかけが何であるかは楽曲の善し悪しにはあまり関係がないこともわかった。

 

ある大物お笑い芸人がネット上の番組の方が制約がないし、面白いことをもっと自由にやれるのではないか?と問われた時にこんな風に答えたという。
「僕はテレビが好きだ。制約がある中でどれだけ好き勝手にやれるかの方に興味がある」と。

30%の制約と70%の自由。
「僕の尻を叩いてくれる30%」である誰かに助けられて来た25年だったのだなあ。

いつも誰かに叩かれる尻。
そういう尻に私はなりたい。

 

とは言えいい加減、オリジナルアルバム作らないと。いや作りたい。
気楽に、気楽に、と自分に言い聞かせながら。

 

写真は本文とは全く関係のないグアムの空。休み欲しいです。

※JASRACの作品データベース検索「J-WID」は誰でも自由にアクセス&検索することが出来ます。
http://www2.jasrac.or.jp/eJwid/

皆さまよりお寄せいただいた感想はこちら (2)
  1. 寒石 凍 さん

    関連タグ「叩かれる尻」に吹き出してしまい
    マトモな感想が出てこないんですが笑
    読後
    浮世絵が出来上がる工程に似ていると思いました。
    出来上がりを100としたら、分業の職人はその内の70や10などの役割のなかでの100を目指しているわけで。
    そんなマクロな視点でみたら、70%でも、100%に思えるんでないかと思う素人です。

  2. コメは二合 さん

    完璧な自由はいらない
    完璧な自由は恐ろしい

    サトルさんとは、立場も仕事も違いますが、《その通りだなぁ…》と深く納得しました。

    気楽に、納得のいく、オリジナルアルバムを制作して下さい。
    サトルさんの、これまでの素敵な楽曲を聴きながら、ゆっくりと待っていますので。

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