東北をフカボリ!「道の駅」日刊ウェブマガジン「まいにち・みちこ」

まいにち・みちこ

(ジーニー)
ごらん、あの山の向こうの明かりが盛岡だよと言われて育った田舎の出身。職業経験豊富だが資格は自動車普通免許のみの40代。現職:Webディレクター、写真家。中型免許を取ろうか悩んでいる。本を買うのが好きで、読むのは2番目に好き。映画好き。あ、食べるのも好き。洋楽(特にロック!ヘビメタ)大好き。こすってくれたら、出てきて願いを叶えてあげましょう。

第3回:イイオトコ・イイオンナ

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健康体を過信してエネルギーを注ぎ込み続けたカラダにガタ到来。食とカラダを見つめ直す大人のための連載エッセイ。ガジェットや懐かしの映画・洋楽と東北の地域ネタと健康ネタを織り交ぜて、体当たりでトーホクをジャーン!と鳴らしてみる。
まいにちみちこ編集室
https://my-michi.com/column/10199712/13241

とにかく寒い!

去年までは雪が少なく、2年連続で自宅の雪かきをした記憶がないため、今年はかなり油断していた。

心とカラダがきっと別々で、心は「まさか3年連続雪が少ないなんてありえないから油断するな」と警告を発信していたにも関わらず、気持ちの3歩後ろを歩くカラダは「今年も降らなかったらラッキー。暖かいとイイなぁ~」とゆるく構えていたのである。自分のカラダなのに、心構えが出来ていないのである。こんなカラダだから、心では食べたら太る!と思っていても、勝手にお菓子や深夜のラーメンを食べてしまうのではなかろうか。

2月に入って盛岡でマイナス13度、雫石でマイナス16度、藪川(やぶかわ。蕎麦で有名)はマイナス22度と、北海道旭川と比べられる程冷え込んだ。北から順番に冷え込みそうなものだが、青森を飛び越して、降雪量の多い秋田や山形をぶっちぎって、イキナリ盛岡界隈が寒すぎるのである。ちなみに藪川は「本州のチベット」と称されるほど、冬場は厳しい寒さに見舞われる場所である。近くにはワカサギ釣りで賑わう「岩洞湖」があり、寒さを歓迎している場所でもあるのだが。

さてこの寒さ。

連日厳しさが続くわけでもなく、日中は日差しもあり、道路の凍った圧雪も溶けてたりもする。山奥はともかく道路の雪解け水は土砂が混じるためそういった色になり、それを跳ね上げて車が走るため、フロントガラスが汚くなる。融雪剤が撒かれている国道や高速自動車道の跳ね上げの汚さは格別である。日中から夕方にかけて白濁~黄土色化した雪解け水はしばれる夜にかけて凍っていく。走行中に汚れたフロントガラスはウォッシャー液を出してワイパーで拭き取るのだが、ウォッシャー液が寒さのあまり凍って出てこないのだ。名前からして勢い良く出てきそうな液なのに、出てこないのである。

凍結防止ウィンドウウォッシャー液というのもあるみたいなので、これだけ寒くても勢い良く出してみたい人は気合を入れて探してみるといい。

フォォォォ、うぉっしゃー!

 

しゃがんで勝つ

1ヶ月ほどスクワットを続けた結果、わかったことがある。
それは「誰もツッコミを入れなくなった」ということだ。

1ヶ月一つのネタ(私のスクワット)を弄り(いじり)続けることは困難なのだ。1ヶ月も弄られ続けたら、私の切り返しももっと上達しただろうに。移り変わりの激しい世の中だ。同僚たちはさっさと新しい話題に移っていった。つまり、この1ヶ月の終わりに勝利したのは、しゃがみ続けた私の方だ、ということだ。もちろん自分のために続けてきたのだから、負かした相手は仮想同僚とする。ビットコインならぬ、ビットフェローかしら。来る日も来る日も仮想同僚たちの冷やかしと戦ってきたのだ。もちろんスクワットは競争ではない。自分のためにやってきたことだ。しかしこれを格好をつけて「自分に勝った」と言ってしまうと、一方で「自分に負けた自分」が不憫に思えてしまう。

勝負には必ず勝者と敗者がいる。

自分に勝つ自分と自分に負ける自分。自分に負けそうな自分を応援する自分とか、負けてる自分に勝ってる自分を校門の影からじっと見つめる自分とか、買い物しようと町まで出かけたら財布を忘れる愉快な自分とか、自分が笑ってる~♪ルールルルルッルー♪今日もイイ自分~♪とか、若竹さんの小説のように自分祭りが始まってしまう。(注意:芥川賞を受賞した若竹さんの小説は、自分祭りの小説ではありません。)傍目に、一人でニヤついてスクワットしている、格好の弄りターゲットに逆戻りだ。

何事も新しいことを始めるということは、言い換えると新しい習慣を作ることになる。

朝起きてゴハンを食べて歯磨きして顔を洗ってドア~ドア会社に着いてドア~ドア晩御飯食べて寝る、の一連の決まりきったスケジュールに、新しい習慣の時間を取り入れるということになる。見事なまでにドアツードアの生活習慣に、小さな5分を数回入れることは、最初は面倒に思っていた。しかし、昔のように「いつになったらゼンマイが切れるのか」と親が心配するほど体力の続く限り精力的に活動できる自分に戻りたかったし、ダラッとした体型より見た目がシャキッとしている方が自分自身気分がいい。それに比べたら小さな5分を入れること、習慣化させて続けることは「面倒だが、やってみる価値はある」でスタートさせたのだ。

ところで今時はゼンマイではなくてエボルタが切れないとか、エネループ充電したっけ?とかなんだろうか?今時の子供達は寝かせてもらえ無さそうで大変だ。習慣化させるには2週間とにかく続けてみるのが良いそうだ。確か武田鉄矢かスピードラーニングの社長がそう言っていた。メソッドに関してはどちらの情報源も信用できる。

 

ちょっと岩手山まで行ってくる

去年の今頃、2月は、冒頭書いたように全くと言っていい程雪が降り積もらなかった。このまま春になってもおかしくはないな、そういう異常気象なら一生に一度くらいは体験したいものだと思えるほどだった。
そこで、一日の運動量を増やそうと考え、散歩に出ることにした。
革靴でも全く支障がでないほど、道路に雪が積もっていなかったからだ。
散歩はお昼休み時間を利用して、約20分程度、会社の周りをグルグルと回り、時間になったら戻ってくるという具合だ。
毎日決まった時間に、たとえ散歩だとしても、新しく始めた習慣は私の体には新鮮だった。

天候に恵まれたこともあり、回を重ねるごとにお昼の散歩が一層たのしくなってきた。そこで少しずつ距離を伸ばすようにした。決して無理をせず、「あと少し」と欲張りもせず、行ける時は少しだけ遠くまで。そしてお昼時間をいっぱいに使ってしまうようになった。

お昼時間を目一杯使う習慣にしてしまうと、何か他の用事で使いたい時に習慣が崩れてしまう恐れがあった。郵便局に行くとか、ヤマト運輸に行くとか、佐川急便に行くとか、西濃運輸に行くとか、銀行に行くとか。それぞれが車でないと行けないほど離れているため、お昼時間を目一杯使う散歩は習慣として成り立ちにくくなってしまった。しかし、遠くまで歩くのは楽しい。気のせいかもしれないが、体が毎日少しずつ軽くなっているような気もしてくるもんだから、散歩が楽しくてしょうがないのだ。

ところで巷では、スピードハイキング(スピードハイク)というのが流行っているらしい。簡単に言うと登山とトレイルランの間にあり、スピードアップを目指した登山のようなものだとか。

何年か前に私の従兄弟がトレーニングの一環で「ちょっと岩手山まで行ってくる」と言い、冗談かと思ったら、走って頂上まで行き走って下りてきたことがあった。岩手山は標高2,038m。水平に2km走るのとは訳がちがうのではないだろうか?私の従兄弟は私とは次元の違う筋肉の塊なので、一般人には理解できないトレーニングをやっているんだと当時は思っていたが、スピードハイキングなるものが流行っている昨今なのだという。

そこに着想を得た。

散歩と、お昼時間に済ませてしまいたい用事どもを天秤にかけ、散歩の圧縮をしてみてはどうだろうと考えついた。これで、散歩というほのぼのした語感を卒業し、よりトレーニングっぽく(より健康意識高い系っぽく)言えるようになるのではないだろうか。

それは、

スピードハイキングならぬ、ハイキング・ウォーキングならぬ、スピードウォーキング。

早歩きだ。。。(卑弥呼ではない)「スピード」の部分だけ拝借した感じだ。部分借りだ。
昨年の2月はジャケットに革靴という出で立ちで早歩きする男が屋外で頻繁に目撃されるようになる。

決して怪しいもんじゃぁございやせん。あっしは早歩きしているだけでさぁ。

しかしトレーニングをするような格好ではまるでないため、やっぱり◯んこを我慢して急いでトイレに行きたいんだけど走れないんだョのように見えていたかもしれない。
あはは~♡まさかね!
(このオチもそろそろ卒業かしら)

 

イイオトコ・イイオンナ

私の曾祖母は洋服の行商をしていた。

小さい身体より一回り大きな、洋服がいっぱい詰まった風呂敷を背負い、夏だろうが冬だろうが盛岡の卸屋さんから洋服を仕入れ、町へ戻る道すがら洋服を売って歩いていた。子供の目から見ても丈夫な足腰をしていたと思う。

夏のある日、プラスチックコップに入ったシャンプーを一気に飲み干し「最近のぢゅーすはへんたな(へんな)味がするな!」と豪快に言い放ったのを、孫でありコップにシャンプーを入れたおいた犯人の私の母が焦って釈明していたのを覚えている。業務用のシャンプーを容器に移そうとして、余った分をコップに避けていたところへ曾祖母が登場し、目に入った飲み物(らしきもの)をこれ幸いと飲み干したのだ。お婆ちゃんってば。時代が時代だけに、色水イコールジュースだったんだろうなぁ。

シャンプーの話は余談だが、日銭を稼ぐだけの量の洋服を背負って歩いて商売をするほど足腰が丈夫だったのだ。頭が下がる。

免許と車を手に入れた私は、曾祖母に顔向けできないほど軟弱な身体になってしまった。仏壇に手を合わせるときに「便利と健康を引き換えに弱体化した私を見護ってください」なんて格好悪くて言えない。それより「悪しき習慣に単身で立ち向かう私の勇気を後押ししてください」と言えた方が格好いいではないか。曾祖母の時代に生まれたとしても、声を掛けられるようなイイオコト・イイオンナでありたい。歳を取っても「シュッと」していたい。

仮想同僚に勝ち続ける意気込みと新しい習慣を手に入れて、現代でも、東北でも、ゼンマイが切れるまで精力的に活動するべく、今日も早歩きをする私だった。

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