1 福島県新地町・鹿狼山

連載第4回に書いたとおり、2021年4月にそれまで歩いていなかった岩手県の「海のアルプスエリア」を一気に歩いて、当初からの予定通り、最後はその足で福島県に飛び相馬市の松川浦環境公園のゴールを目指した。

4月7日に釜石から北上し、箱崎半島、船越半島、重茂半島をクリアして更に海のアルプスエリアを越えて、16日にこのエリアでの最終目的地である岩手県の野田玉川まで歩き終わった頃には、オーバーワークがたたって背中の筋肉を痛めてしまい、若干の不安を抱えながら新幹線で福島県新地町に向かった。
新地駅前のビジネスホテルを拠点に18日に鹿狼山、19日に松川浦のゴールを目指す計画だ。拠点とした宿は震災後に建てられた温泉施設併設のきれいなホテルで、まさに駅前という立地のため周辺を歩く起点としては理想的な宿だ。17日は青森県八戸からの移動と痛めた背中の温泉ケアに当てた。

鹿狼山

鹿狼山は標高430mとそれほど高くはないが、周囲に高い山がなく山頂から太平洋を一望できる絶景が素晴しい山だ。起点となる新地駅からは約5キロ、鈴宇峠の登山口までひたすらゆるやかに登っていく。途中、この時期にはもう盛期は過ぎていたがソメイヨシノやウコンザクラなどの桜の並木道に囲まれた美しい池の畔を歩いて行くと「右近清水」と呼ばれる湧き水があった。伊達政宗の孫にあたる伊達右近という人がこの地に移り住んで、鹿狼山の美しい姿を日に日に眺めながらこの地域に湧き出る清水を愛飲したことから「右近清水」と呼ばれるようになったそうだ。確かにこのほかにも「真弓清水」という湧き水もあって、地元の方がわざわざ車で汲みに来ている姿も見られた。鹿狼山を下山した後のコース上でも多くのため池が見られ、水の豊かな自然環境の素晴しい土地柄と、その土地を愛する地元の方々の心意気が随所に感じられる地域だった。

右近清水の桜並木
右近清水

鹿狼山の登山口となる鈴宇峠から入るルートは「蔵王眺望コース」と名付けられ、その日は若干雲がかかっていたが、歩きやすい尾根道を右側に蔵王連峰の美しい姿を見ながら山頂に向けて登っていける気持ちのいいコースだ。

山頂には鹿狼神社があり、表側には太平洋が一望でき、遙か彼方には明日目指す最後のゴールがある松川浦の姿も見えている。山頂には既に何組かの登山客がいて、新たに登ってくるグループもいる。鹿狼山が地元の方々に愛されている山であることをあらためて感じた。
鹿狼山登山で背中に加えて腰も痛みだしてきたので、下山してホテルに戻った後温泉マッサージをして明日の最終日に向けてゆっくりしていると、名取トレイルセンターのスタッフが仕事を終えてわざわざ車で激励に駆けつけてくれた。3人でこれまでの行程で起こったことやルート状況について様々な情報交換をしながら、おかげさまで明日の「みちのく潮風トレイル」最後の1日に向けて気分転換にもなり、楽しい時間とともにあらためてゴールへの決意を新たにすることができたのだった。

鹿狼山頂・鹿狼神社
遙か遠くに明日のゴール松川浦が見える
太平洋と反対側には蔵王連峰の姿も

2 最後の1日 ~松川浦環境公園を目指して

みさご沢池

2021年4月19日、いよいよ長かった「みちのく潮風トレイル」挑戦も今日で最後の日だ。今日の行程は約20キロ。最初の10キロほどは新地町と相馬市の田畑の広がるのどかな景色の中を歩く。相馬市街に入り市の中心部を過ぎると、あとは宇多川沿いの道を一直線に海を目指す。宇多川河口近くの最後の橋「百間橋」を左折するともう2キロほどでゴールの松川浦環境公園だ。アップダウンもほとんどない。約1025キロ最後の1日なので、のんびりゆっくり楽しみながら歩くつもりでスタートした。しかし歩き始めてみると、「ゆっくり歩かないともったいない」という気持ちと「早くゴールしたという気持ちを味わいたい」という正反対の気持ちが混ざったような不思議な感覚になり、結局今までと同じように一生懸命歩いてしまう自分がいたのが面白かった。   

中村城跡内の気持ちいい道
中村城跡内
中村城跡・大手門

相馬氏の居城だった中村城跡にある相馬中村神社(中村神社と省略されることもある)は相馬野馬追の出陣式が行われることでも有名だが、市役所、体育館、千客万来館、公民館等市の公的施設はほぼ中村城跡のお堀周辺にあり、どれもお堀や並木に溶け込んだような素敵な白壁作りになっていて、実に心地よい空間だった。途中市役所のすぐ近くにある「千客万来館(相馬観光復興御案内処)」にご挨拶に寄ると、明るいスタッフの方3名が応対してくれて、「みちのく潮風トレイル」についても大変前向きにサポートしてくれている様子がとてもうれしかった。

相馬市役所
千客万来館

市街地を抜けて宇多川沿いの道は一部工事中で迂回が必要だったが、百間橋を左折していちごの産地としても知られる相馬市の観光いちご園を見ながら、風が強くなってくる中無事ゴールの「松川浦環境公園」にたどりついたのは、連載第1回に書いたとおり2021年4月19日午後0時半のことだった。結局ゆっくりと楽しんで歩くつもりが、約時速5キロ、ちょうど4時間ほどで約20キロを歩いてしまったことになる。やれやれもっとゆっくり歩けばよかったなどと馬鹿なことを考えながら松川浦のエンドポストに手を触れ、2016年10月に「みちのく潮風トレイル」第一歩を踏み出してから実に4年半の月日を経て、今は亡き兄との約束を果たすことができたという思いをかみしめていると、誰もいないと思っていたのに「加藤さん!」と声をかける男性がいる。びっくりしてふと見ると、それは昨晩わざわざ新地まで激励にきてくれた名取トレイルセンターの板谷センター長だった。彼は既に2019年冬にスルーで全線を踏破されている「みちのく潮風トレイル」の先輩だ。長かった旅の最後にぼくが松川浦にゴールする瞬間のために、昨日に続いて出迎えに来てくれたのだった。ゴールの瞬間いろいろな思いがあったが、なによりもわざわざこの瞬間のために来てくれた彼のハートの熱さに感激した。そこで「みちのく潮風トレイル」踏破の瞬間を二人で喜び合った後相馬駅前の「ラーメン八香」でことのほか美味しいラーメンをすすりながら「みちのく潮風トレイル」についていろいろと語り合い、更に名取トレイルセンターにも寄ることができた。思えばこの最後の10日間は、釜石で絶品釜石ラーメンを食べてスタートし、最後に全行程の南端の最終ゴールである相馬の美味しいラーメンで締めくくりとなったことになる(笑)。
こうして長かった「みちのく潮風トレイル」の旅の最後を実に思い出深い形で終わることができたのだった。

ゴールの松川浦環境公園

「みちのく潮風トレイル」が2019年6月9日に全線開通して以来、台風による豪雨被害や世界規模のコロナ禍という避けることのできない試練を乗り越えながら、全線踏破者は2022年2月時点で既に60名にのぼっており、更に現在全線踏破に挑戦中の方はセンターへの登録者数だけでも144名にもなる。海外からの注目度も極めて高い。今後ますます国内外の多くのハイカーに歩いていただいて、このわが国最長の本格的ナショナルトレイルを、みんなの力で育てていけたらと心から願いつつ「みちのく潮風トレイル」全線踏破の記を終わりたいと思う。

全線踏破証と全マップ(新)

次回はこの連載の付録として、2021年6月に福島県南部の新地町からいわき市勿来までの「うつくしま浜街道トレイル」を歩いた時のことをご紹介して連載最終回としたいと思う。