1 北上運河でトンビに脅される

2019年11月、東松島から石巻まで北上運河を北上し石巻に一泊した後、翌日一気に田代島・網地島(あじしま)を歩き継いで牡鹿半島鮎川に渡り、鮎川の裏山一周コースを歩いて帰るという実質三日間の計画を組んだ。
桂島・野々島・寒風沢島と渡船を使って渡り歩くいわゆる「浦戸諸島コース」は既に歩いているので、今回の初日は、塩竈から見ると一番奥の宮戸からスタートして野蒜(のびる)を経て北上運河をひたすら北上し、石巻市内で旧北上川から北上運河に水を流す起点となっている石井閘門付近で一泊する計画だ。まず仙石線で野蒜駅まで行き、そこからタクシーで奥松島の宮戸まで移動してスタートだ。仙石線の野蒜駅は東日本大震災の津波で大きな被害を受け、約500m内陸に路線を移設し海抜約22mの位置にきれいな新駅舎が再建されている。旧駅舎は修復され2016年から「震災復興伝承館」となっている。

宮戸島から野蒜海岸に向かう手前の松ヶ島という小さな漁港付近の静かな浜を歩いているとき向こうから高齢の男性が歩いてくるのに出会った。彼が荷物を担いだぼくの姿を見て「どこまでいくのか」と尋ねたことがきっかけでしばらく言葉を交わした。そのときぼくがなんとなく「静かな浜ですね」というと、ぽつりと「8年近くも経ってるけど、今でもときどき人の骨が打ち上げられるんだ。」といったその表情が目に焼き付いて離れない。

北上運河ルートは、野蒜駅から鳴瀬川を2キロほど溯って鳴瀬大橋を渡り川沿いに3キロほど下って野蒜築港跡付近から運河を北上していくことになる。右に海、左に北上運河を見ながら、途中陸前赤井付近で一時迂回部分はあるが16キロほどを歩いて行く。特に、前半はひたすらコンクリートの堤防上を歩くことになる。その間ブルーインパルスで有名な航空自衛隊の松島基地があるが、ほとんど景色が変わらず延々と歩くのに忍耐が必要だ。運河が石巻市街に入った辺りからは両岸に松が植えられ、歴史を感じる松並木のような快適なコースとなっている。

松並木エリアに入るより遙か手前まだコンクリートの堤防を歩いているとき、ほんのすぐ近くでカラスやトンビがたくさん飛んでいて盛んに餌を探しているのが見えた。特にトンビはよく見かけるが、それだけ間近に見ることは今までなかったので、カラスが見つけた餌を脅して横取りする様子などその迫力に驚きながら進んだ。ちょうど昼時になってきたので、歩きながら昼食を食べ出した。ちなみに、ぼくのハイク時の昼食は立ち止まることなく歩きながら食べられるほとんど行動食という感じだ。その時は特に干し肉にはまっていて、いつもの感じで運河の堤防を干し肉を取り出してかじりながら先を急いでいると、突然後ろの方からなにやらばさばさ音がする。なんだろうと思って振り返えろうとした瞬間、なにやら巨大な黒いものが凄いうなり音を立ててぼくの頭のすれすれの所をかすめ飛んでいった。びっくりしてよく見ると、なんとさっきのトンビがたぶんぼくの干し肉の匂いに反応したのか、それを狙って来たのだと分かった。前に信越トレイルを一人で歩いているときに、トレイル上で大鷹に同じように後ろから驚かされたことがあったが、今度はトンビにやられたわけだ。さすがに怖くなって、そこから先はほし肉をやめて別の乾き物をかじる昼食になったが(笑)、今思えば面白い経験だったと思う。

2 遭遇! ブルーインパルスの訓練飛行

北上運河沿いの東松島市と石巻市の境目の手前に航空自衛隊の松島基地があり、そこがブルーインパルスの拠点であることはよく知られている。1964年の東京オリンピックで五輪マークを鮮やかに描いたのもこの松島基地のブルーインパルスだった。
実はこの北上運河を北上しているとき、旧北上川と運河の水位差を調節するための「石井閘門」近くの宿をめざしてかなりのスピードで歩いていて、うっかり松島基地があることを忘れていた。それまで誰ひとりいない堤防を黙々と歩いていると、なにやら突然人の姿が見えだした。なぜか皆カメラを持っている。中にはかなり巨大な望遠レンズを持っている人もいる。不思議に思って何があるんですかと聞こうとしたとき、突然左手の松島基地から轟音とともに次々とジェット機が飛び立っていく。その段階で初めて、そうだここに松島基地があるんだと思い出した。ブルーインパルスの訓練の時間は公開されていて、みんなそれを目当てに見学やら撮影やらに集まっているのだ。それを忘れて歩いているなんてのんきな話だ。そういえばそのときから8ヶ月後、翌年の7月には東京オリンピック2020が開催されるはずなので(実際にはその後のコロナウィルスの世界的蔓延によってオリンピックは翌年に延期されることになったが)多分その訓練だ。内心馬鹿なことを聞かなくてよかったと思いながら、人がたくさんいる堤防から一旦降りてたんぼ道に出た。周囲には誰もいない。そして建物も何もない特等席だ。そこで小一時間あまり、先を急ぐことを忘れてブルーインパルスが次々と青空に描いてくれる素晴しい芸術をひとりで堪能したのだった。

3 石巻から田代島・網地島(あじしま)・鮎川へ 最後は足首が腫れて歩けなくなる

石井閘門付近で一泊した翌日は、石巻港に出て船で猫島として有名な田代島と網地島を一気に歩き継ぎ、夕方牡鹿半島の鮎川に渡って次の日に鮎川から裏山を一周する鮎川コースを歩いて帰る予定だ。

石巻の石井閘門から港まではかなり湾曲している旧北上川の堤防を歩くコースだが、思いのほか時間がかかる上、石巻から田代島・網地島と船で渡り歩いて最後に網地島から鮎川へ渡るには16時38分発の船に乗らなければならない。当初は網地島でテント泊も考えたが、網地島に入ってから時間をみてその日のうちに鮎川に渡る事が可能と判断して、当日の予約なのであちこちに断られながら昼を大分廻った頃になってなんとか民宿を一軒確保することができた。
ところが、暗くなってたどり着いた鮎川港の民宿でハプニングが起こった。網地島ラインは船の便数が少ないため、田代島・網地島とも船の時間に縛られてなかなかゆっくりと歩くわけにも行かない。どちらの島でも特に後半になってなんとなく船の時間を気にして走った部分が多かったせいか、それまではなんともなかった足首が、暗くなってからたどり着いた鮎川の民宿で突然腫れてきて、歩くのも痛い状況になってしまった。残念ながらこれでは翌日山を歩く事は無理と判断して、朝一番の船で石巻に戻ることにした。

石巻は、2021年夏のNHK朝ドラの舞台にもなった登米(とめ)出身の漫画家・石ノ森章太郎さんの世界があちこちに溢れた楽しい街だった。なによりも旧北上川河口部の中州に立てられたUFOのような形をした石ノ森萬画館がひときわ目をひく。街なかには石ノ森章太郎の作品で描かれているキャラクターのオブジェが至るところにあり、駅も電車もまさに石ノ森キャラクターで溢れていた。

石ノ森萬画館

最後に足を痛めて鮎川の山を歩けなかったのは残念だったが、また牡鹿半島を歩く楽しみが残ったと前向きに考えて帰途についたのだった。