宮城県石巻市の牡鹿半島突端の町鮎川の太平洋側に寄り添うように美しい姿を見せる島・金華山は、人口6人の全員が黄金山神社の神職というまさに信仰の島である。恐山、出羽三山と並び「奥州三霊場」の一つで、島全域が黄金山神社の神域とされ、昔から人々の熱心な信仰の対象となっている。

晴天の日の金華山(牡鹿半島御番所公園から)
女川の桟橋

この金華山は、フェリーの桟橋から黄金山神社の境内に入り標高約443mの山頂にある奥の院を経て山をまわる5キロほどが「みちのく潮風トレイル」のルートになっている。距離は短いが一周するには少なくとも2時間半から3時間はほしいところだ。ところが震災後この金華山に渡る船は大幅な運航減となっており、牡鹿半島の反対側・金華山に一番近い鮎川港からだと定期船は日曜日のみ一日一回、しかも島にいられる時間は一時間半ほどしかない。海上タクシーもあるが5人以上でないと料金が高額になる。
島でお籠もり泊という手もあるが、考えた末小金山神社の龍神祭が行われる7月25日(土)に女川から出る船を利用して島に渡ることにした。女川からの航路の場合は島での停泊時間が二時間である上祭りの日には臨時便も出るので、第一便で行って第二便で帰れば余裕をもって歩くことができる。

あいにく7月25日は雨でおまけに霧が濃くコンディションとしては最悪だったが、7月下旬ともなれば猛烈な暑さを覚悟していたのでかえって暑さはしのげて好都合だ。ただこの時期に牡鹿半島エリアを歩くときの最大の課題はヒルとダニに対する対策だ。本来ならその心配をしないで済む冬場に歩くのがベストだがここしか日にちが取れなかった。
約30分強、船長さんの大変勉強になる貴重な解説を聞きながら島に渡るのだが、コロナ禍ということで龍踊りの奉納は中止だったにもかかわらず、やはり有名な霊場のお祭り日というだけあって想像以上に参拝客や観光客が多かった。

黄金山神社は思いのほか立派で少し社内を見学してみたかったが、これからコンディションの悪い中での山なのでぐっと我慢して早速ヒル・ダニ対策に取りかかった。まずはヒル対策。ヒルは悪質で、注意していても洋服の隙間を見つけてはしぶとく這い込んできて被害にあうことがあるので、靴下をズボンの上にかぶせて、袖口なども含めてあらゆる隙間にガムテープで目張りをする。その上で「ヒル下がりのジョニー」という気の利いたふざけた名前(笑)のヒル忌避剤を万遍なくスプレーするという念の入れようだ。それを横から見ていた観光客の方が不思議がって何をしているのかと聞くので、事情を話すと「この天気の中、そんなすごい対策までして山に登るんですか?」と驚いていたのが面白かった(笑)。

ヒルは下から這い上がってくるので立ち止まらない限り大丈夫だが、ダニは歩いていても気がつくと肩の上を這っていたりして木の上からも落ちてくるのではないかと思われるほどなので、これは傘でも差して防ぐしかない。
準備は万端だ。いざ、出発!!!!通常は神社正面からダイレクトに山頂の奥の院を目指してガレ場続きの道を登っていくが、このときは神社右手の子安地蔵から登山道に入り通常とは逆回りのコースを選んだ。

子安地蔵

案の定強くはないが雨が降り続き霧がだんだん濃くなっていって景色は全く見えない。ひたすら足もとを見ながら登っていくしかない。ふと気がつくと肩あたりにダニが這っている。それを振り払い振り払いしながら、15分おきくらいに「ヒル下がりのジョニー」を服の隙間やシャツの肩先辺りにシューシュー吹きかける。天候のせいなのか、いくら何でも忌避剤をこんなに消費するとは思っていなかった。
ほとんど立ち止まることなく視界の悪い中をひたすら登り続けたが、山頂近くまで来て急登箇所で一回だけ立ち止まった。汗を拭いてふと下を見ると、なんとヒル君達がうじうじと靴に這い上がってきている。おまけにシューズに貼り付けてあった防水ラバーが1センチほど剥がれかけている部分をしっかり見つけて、そこに這い込もうとしているのもいるではないか!そもそもこのシューズ、まだ買ってから2年しか経っていない。通常このてのシューズは4年はもつと言われているが、長い距離を歩き続けると消耗も早い。帰ったら新しいのに変えようなどと余計なことを考えながら、再び「ヒル下がりのジョニー」をかけまくって山頂の奥の院を目指した。

最後の急登を登り切ると、その先の霧の中に「新 奥の細道」と書いてある標識が見えてきた。周囲は何も見えない。奥の院はその先にある。霧の中にぼーっと浮かび上がってきた奥の院はそれほど大きくはなかった。しかしだれひとりいない金華山山頂で霧に煙る雨の中で奥の院の前に立ったとき、なにか言葉にできない厳粛な気持ちになって心が洗われるような感覚にとらわれ、しばらくの間なにも考えられずその場に立ち尽くした。

霧でほとんど何も見えない
幻想的な霧の中の奥の院

どのくらいそこにいたのか覚えていないが、ふと帰りの船の時間があることを思い出して慌てて下山を開始した。
結構なガレ場が続く下りをかなりのスピードで下って行き、十分時間的には余裕があったはずが桟橋についたときにはもう出航直前になっていた。黄金山神社で出発前の準備をしていたときに声をかけてくれた観光客の方とまた再会して、無事帰還したお祝いを言っていただき気分良く女川までの35分間の船旅を満喫したのであった。

金華山の桟橋