1 龍舞崎から駐車場に登っていくと「加藤さ~ん! 乗ってください!」

この気仙沼大島は、いろいろな時期にいろいろなエリアを歩いているが、通しで「みちのく潮風トレイル」として最初に歩いたのは確か2018年の4月のことだったと思う。
島のルートということでスタート・ゴールが同じ場所なので、家族連れで来ても、歩く自信のない家族は美味しいものを食べたり、たくさんある遊歩道の散策を楽しんだりしている間に、一日で島一周できるというメリットがある。「みちのく潮風トレイル」は全体としてみると人口の集積している他地域からは距離があり、興味があっても実際に歩きに来るにはなかなかハードルが高い。従って、今後ロングトレイルとして定着し充実させていくためのポイントは、本格的に全線踏破チャレンジという上級レベルのハイカーだけではなく、初級中級レベルのハイカーが、何日か休みをとって気軽に来られるかどうか。そして彼らが安全に安心して歩けるような仕組みを作れるかどうかにかかっていると思っている。その意味では、大島のようなワンデイやツーデイ前後という範囲で気軽に歩けるエリアの充実は極めて重要だと思う。

ぼくが歩いたこのときも、埼玉から妻と一緒に大島に渡りぼくが歩いている間妻は周辺の遊歩道の散策を楽しみ、たまたまウニ漁の解禁日でもあったので、ヤマヨ水産の小松さんのところでウニの処理作業を手伝いながら美味しいものを食べてぼくが帰ってくるのを待っているという計画だった。休暇村をスタートして田中浜、小田の浜を経て龍舞崎で昼食、その後、要害、浦の浜を経て亀山を越えてゴールという予定だった。

まだ標識等の整備はほとんど進んでおらず、マップにはない防潮堤工事の車両専用のような仮設道路があったりして、迷いながらも取りあえず順調に龍舞崎に着いた。崖を登って駐車場に出ると、なにやら白い車が一台止まっていて、「加藤さ~ん! 乗ってください!」と叫んでいる男性がいる。見ると、なんとヤマヨ水産の小松武さんだ。
「今日ちょうどウニの解禁日でぜひ美味しいウニを食べて欲しいので、これから車でうちに行ってお昼食べましょう」とのこと。今日はこの龍舞崎でお昼を食べて、そのあと残りの半分を歩いて亀山を越えて休暇村に戻る予定なのだと言うと、「大丈夫です。お昼食べ終わったらまたここまで車で送ります。」というありがたい言葉。いつもお昼は歩きながら乾き物を口にするだけなので、それではお言葉に甘えてということでさっそく車で小松さん宅へ。といっても、小松さんのお宅はその龍舞崎からは全く反対側の北の外れ亀山の麓にある。

陸前大島灯台

お宅に着くと、食卓にはずらっと魚介類をはじめ、ウニ、いくらてんこ盛りの丼が並んでいるではないか。申し訳ない思いで恐縮しながら乗せていただいて来たが、突然の超豪華料理に感激しながらの昼食となったのであった。そこで小松さんのご家族と楽しく豪華海鮮昼食をいただいて幸せ気分になっていると、小松さんのお父さんの正行さんがこれ食べたらお酒がいるだろうと言ってお酒をついでくれる。まだこれから後半戦で島の残り半分を歩き亀山も登らなければならないなどと言いつつも、意志薄弱なぼくはすぐさま「まあ残り半分は明日改めて歩けばいいか」と都合良く自分に言い聞かせ、つがれるままに美味しいお酒もいただいて素晴しくも豪華な昼食をめいっぱい堪能したのであった。
当然のことながら結局その日はもう歩くことはできず、翌日改めて今度は反対回りで亀山、浦の浜、要害を経て龍舞崎まで歩き直したのだった。

「みちのく潮風トレイル」は至るところでこんな素晴しいトレイルエンジェルに巡り会うことができるすばらしいトレイルであることをしみじみと感じたのであった。

2 「加藤さんこんな天気の中歩くのは危ないからやめてください!」~濃霧と暴風大雨警報の中唐桑半島を歩く

2019年5月、大島の崎浜美和会(さきはまびわかい)に歌人加藤克巳の歌碑に刻まれた一首の直筆額装を寄贈させていただいた翌日唐桑半島を歩いた。
この日はあいにくの天気で、朝から濃霧が出ている上に暴風大雨警報も発令されるという悪天候になった。もちろん何がなんでも歩くつもりでいたが、ヤマヨ水産の小松さんがひどく心配してくれて「暴風大雨警報が出ているのに、こんな悪天候の中歩くのは危険ですからやめてください」とさかんに止めてくれた。ありがたいことだし他でもない地元の漁業関係者の言葉なので重みがあったが、はるか関東の埼玉から車で6時間もかけて来ている身としてはちょっとやそっとで延期や中止はできない。多少の悪天候でもそれを楽しんで歩くのがロングトレイルだとばかりに強行した。「くれぐれも気をつけてください。何かあったらすぐに車飛ばして行きますから連絡ください。」というありがたい言葉を後にして出発した。

唐桑半島は半島入り口に位置する早馬(はやま)神社をスタートゴールにして一日で歩けるルートだ。早馬神社は鎌倉武将 梶原景時の兄である梶原景実(かげざね)により創建された由緒正しい立派な神社だ。風雨は強いが、幸いなことに濃霧は予報ほどではなさそうだ。神社前の宿浦港付近に車を置き、マップやGPS等で必需品のスマホ等の防水対策を改めて確認して出発した。この頃このルートはまだまだ標識等の整備が十分ではない上にまだあちこちで復興工事箇所もあり、なかなかマップどおりに歩く事ができない。風雨もときおり激しく吹き付けなかなかマップを見ることもできない。この唐桑半島には途中鍵のかかっていない小さなお堂が点在しているので、風雨がひどいときにはその中に一時避難しながらのハイクだった。 
ただ、この唐桑半島は宮城県の運営している「みやぎオルレ」のコースにもなっている。「みちのく潮風トレイル」と若干ずれる部分もあるが概ね似たようなルート構成になっているので、標識が不十分なところはこのオルレの標識を頼りになんとか進み、結局8時間ほどかけてゴールの早馬神社にたどり着くことができたのだった。

雨で地図はボロボロ
半島の突端にある御崎神社

暴風大雨警報の中の唐桑半島。歩くのに必死であまり景色も見えない中でのハイクであったが、取りあえず無事歩き終えてほっとした反面、絶景続きのエリアなので今度は天気の良い日にまたゆっくりと歩いてみたいと思うのであった。

天を突き上げるように立つ折石