東北にはうまいものがたくさんある。

お米、お餅はもちろんのこと、麺類だって負けてはいない。
秋田の稲庭うどん、宮城県の白石温麺、山形県も庄内地方の細い生めん・麦切りを愛好する一面、日本一のラーメン消費県でもある。
岩手県盛岡には三大麺と言われる冷麺、じゃじゃ麺、わんこそばと全国区の知名度を誇るスターがそろい踏みしている。
日本全国規模で見ると、数限りないご当地麺があり、今も開発し続けられているし『そば街道』と言われるルートもいくつも存在する。
だが、ここで宣言する。
 
東北は、そばが特にうまい。
 

中でも我が故郷、山形県は炭水化物王国。
米、ラーメン、そばと美味しいでんぷん質に満ち溢れている。
県内に3つものそば街道、十数カ所の『そばの郷』を有しているし、ざるや盛りより大きなサイズの、長方形の浅い木箱に2・3人前を盛りつけた板そばがポピュラーでもある。
もちろん1枚を一人で平らげる剛の者も多い。
一般に、山形のそばは東京や信州のものより太く、固めで腰が強い。
玄そばを丸ごと挽くので色も黒いし、そば粉の味そのものをしっかり噛みしめて味わうのに適している。
呑みの〆や軽食というより、がっつりと一食になるボリュームである。
一体どれだけ炭水化物好きな県民性なのだろうか。
 

(画像はイメージです)

新そばの季節である秋はもとより、一年中食べられるそばだが、あえて寒いこの時期に開かれる催しがある。
それが天童市の『天童織田藩将軍家献上寒中挽き抜きそばまつり』だ。
 
天童織田藩という名称は、特に他県の人には耳慣れない響きかもしれないが、正真正銘戦国の雄、織田信長に連なる系譜なのだ。
信長の二男信雄の子孫・織田信美(のぶかず)が、現在の群馬県甘楽町である小幡藩から高畑藩に移動し、さらに天童に移り立藩した藩である。
「将軍家献上」と名がつくのは、江戸末期、信長から十一代目、天童藩二代目藩主信学(のぶみち)が、将軍家に特産のそばを献上したという記録に基づく。
当時の文献「大成武艦」には、諸国より九つの藩がそばを献上したが、北海道・東北地区では天童織田藩が唯一との記述があるのだ。
十数年前、天童市麺類食堂組合によってその製法をもとに開発されたのが、寒中挽き抜きそばである。
秋に収穫された新蕎麦を、冬の一番寒い時期に石臼で挽くことで、旨味、甘味、香りが格段にアップ。
県内の他所のそばより白く、細めに打ち上げられた姿は上品で、将軍家への献上品の風格が漂う。

 

『天童織田藩将軍家献上寒中挽き抜きそばまつり』は、毎年一月半ばに、織田信長公を祀った建勲神社(たけいさおじんじゃ)に打ちたてのそばを納める奉納奉告祭をもって始まる。
今年も1月15日に奉納奉告祭、続いてそばの賞味会が行われた。
60分食べ放題。使われるそば粉は県産の「でわかおり」を寒中に挽いたものとあって、毎年チケットが完売になる人気企画である。
今年も約600人が、2400食ものいにしえの味を堪能した。
 
情報が遅いよ、まつりに参加できなかったよと嘆くのはまだ早い。
天童市内では、2月いっぱい寒中挽き抜き蕎麦が賞味できる。
市内9箇所の『将軍家献上そばの里寒中挽抜き蕎麦』ののぼりのあるお店で、供されるそばを味わい、幕末に東北の地に生きた織田家の味を噛みしめてみよう。
 

お問い合わせは
天童商工会議所 TEL. 023-654-3511
 
こちらにもイベント情報として、おそば提供店名共に掲載されています。
天童市役所のホームページ
 
 
また今回『将棋の里』天童での蕎麦まつりという事で、マンガ家の松本渚氏へのインタビューが実現した。
松本氏は「月刊コミックフラッパー」(KADOKAWA)で、一つの食事が体にも心にも影響し勝負の行方を左右するという、食と将棋の真剣勝負の漫画『将棋めし』を連載中。
単行本も現在まで4巻を世に出している。棋譜監修は広瀬章人竜王。
昨今流行りのグルメ漫画とは一線を画する、史上初の女性プロ棋士・峠なゆたを中心に、勝負に挑む棋士の厳しい心情や駆け引き、葛藤を主に描いた骨太の作品。
対局中に戦略的に選ばれる食事を目で味わう事で、読者も勝負の渦の中に共に身を置くことのできる傑作なのである。
 
───「将棋めし」の観点で見た場合、そばというメニューは先生の目にはどう映りますか。
松本氏「そばは特に関東圏で、古くから棋士に親しまれてきたメニューです。
牛乳に匹敵するたんぱく質が効率よく採れるため、エネルギー補給の観点からも好手と思われます。
また、さっと食べられて胃腸に負担の少ないそばは、消化のよさという面でも棋士にとって心強い存在と言えますね。
対局が佳境に入ってくると、集中のあまり味が分からなくなる方も多いのです」
 
─── それほど厳しい勝負の世界、対局中によくおそばを召し上がっている棋士はどういった方でしょうか。
またよく食べられるそばメニューやエピソードなど、ありましたらお聞かせください。
松本氏「そばをよく注文するのは若手棋士よりもベテラン棋士が多いように見受けられます。
特に印象的なのは先崎学九段と森下卓九段、深浦康市九段でしょうか。
先崎九段はおそばが大好物の一つで、遠征先で立ち食いそばを食べるのが恒例になっているというエピソードがあるほどです。
またよく生卵を追加注文されているので、たんぱく質摂取にも気を配っておられるようです。
森下九段は南蛮系統のおそばをよく注文されている印象があります。
小食な棋士として有名な深浦九段もよくおそばを頼まれていますね。
粘り強い棋風に定評のある方なので、とろろそばの注文に目がいってしまいますが、たんぱく質豊富な鴨せいろそばの注文も多いんですよ。
 
─── 皆さんおそばを中心に、たんぱく質の豊富な食材との取り合わせが多いですね。
作品中でも言及されていますが、脳の活性化や長時間に及ぶ対局中の体力、気力のためにもたんぱく質は大事ということですか。
松本氏「炭水化物とたんぱく質と消化の良さ。そしてやはりバランスですね。羽生善治九段もそば好きで、タイトル戦ではよく天ざるそばを注文していました。
最近は対局中の食事注文にも注目が集まっているため、努めて色んなメニューを注文されているそうです。タイトル戦での食事の報道は必要不可欠とお考えのようです」
 
─── 今回そばまつりが行われる天童は将棋の駒の生産が日本一です。
また、竜王戦が行われる『竜王の間』のある旅館「ほほえみの宿・滝の湯」があります。
他にも「天童ホテル」や「松伯亭あづま荘」でも名人戦が行われてきました。
遠征先での特色あるお食事や宿などは、勝負に打ち込む棋士の方々にとっても憩いとなるのでしょうね。
松本氏「滝の湯の『竜王の間』は竜王戦のために造られたというだけあって、テレビの中継やそのスタッフ、対局者の立場に立った細かな工夫がいくつも施されています。
タイトル戦でおなじみとなっている旅館はそれぞれ個性的で、対局者や関係者への配慮が素晴らしく行き届いています。
そうした雰囲気の中で、対局者もくつろいでその地の名物や温泉などを楽しんでいらっしゃいます。
棋士によっては対局場で、その地ならではの決まった食事を注文する事もあります。
また、角番で勝負の重圧を負っていた広瀬八段(当時)が、前日宿泊した宿の名物を堪能し、リラックスした結果、翌日の対局において非常に好調だったというエピソードもあるほどです。(第31期竜王戦)
おそばを始めとした食事や環境が勝負に深くかかわるという事例は数限りないんですよ。
それも諸々含めてこそが将棋のすばらしさ、見る側にとっての楽しさだと思います」
 
松本先生、素敵なお話ありがとうございました。
 
将棋の聖地、天童で開催されているそばまつり。
まさに戦う者の目線で味わう事の出来るいい機会ではないだろうか。
是非足を運んで、勝負の味を噛みしめていただきたい。
 
将棋めし単行本既刊1巻~4巻


Ⓒ松本渚/KADOKAWA

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