子供のころ、庭に二本の果樹があった。

祖父が孫の誕生を喜び記念に植えたもので、初孫である兄の誕生の樹はスモモ、私の樹はリンゴだった。
ご近所には同様に、子供が生まれた記念に植えられた果樹が多かったように思う。
モモやアンズ、柿、サクランボ。
もちろん専門の果樹農家ではない一般人の、しかも庭先の事。
丁寧な剪定や摘果などしないので、花は美しく咲いても、八百屋で売られているような大きく甘い、立派な実はならない。
特に私の樹であるリンゴは色こそ真赤だが、子供の握りこぶしのように小さな姫リンゴサイズ、小さく固く、芯の分量だけが多い実で、もいで食べても酸っぱくてどこか渋みが残っていた。
買ったりご近所からもらって食べたほうが何倍も美味しい。
春に枝全てに咲く、花弁の先が薄い珊瑚色に染まったリンゴの花は美しいのに。

そんなわけで、毎年収穫した実は母の手で果実酒かジャムになるのだった。

島崎藤村の『初恋』という詩がある。

まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり

高校の国語の時間にこの詩を習った時、幼い頃、リンゴの木の下に立って薄紅色の花の滝の下にいた時のような、不思議に幸せな高揚感を憶えた。

兄の樹・スモモも同様で、真っ白い花が散り、夏になると、黒っぽい紫に見えるような、種の際まで色づいた実がたわわになったが、すももという言葉通り大層すっぱかった。

白く粉を吹いた完熟した実はそれでも美味しく、井戸水で冷やされて、スイカと同様夏休みの兄妹のおやつになった。
腕に伝わり落ちる赤い汁を台布巾で拭きとりながら、暗い赤色の実を皮ごと齧る。
皮を剥けば多少酸っぱさは薄れるが、子供たちはそんな面倒なことはしないのだ。
大人達、特に酸っぱいものが大の苦手な祖父と父は
「ううー、よぐそんがな酸っかい物食われっこど(うわあ、よくそんな酸っぱい物食べられるなあ)」
「いいや、見だだけで酸っかい」
と口をすぼめ、梅干しを頬張ったような、ひょっとこそっくりの顔をした。
記念樹として植えたのは自分たちなのに、と可笑しく思いながらひたすらスモモにかぶりつき、汁で服を汚したのは、昭和も40年代の終わりのことだ。
午後のおやつを食べ終えて、宿題を申し訳程度にやるうちに陽はゆっくりと傾き、家の外からヒグラシの音が流れてきたものである。

スモモはリンゴよりずっと丈夫で沢山収穫できたので、母は盛んにジャムを作っていました。今回はそのレシピで挑戦しましたが、母に電話で聞いても
「スモモにてきとーに砂糖を入れて、てきとーに火を入れて」。
……その適当が肝心なんですけど……

 

【レシピ】スモモのジェリー


【材料】
スモモ(今回は小ぶりのソルダムを使用)…1パック
砂糖…カップ1杯


(1) スモモを洗いざるにとって水気を切る。

(2) 半分に切り(無理なら適当に)種ごと耐熱容器に入れ、砂糖をまぶす。皮も剥かなくてOK。

(3) ふわりとラップをかけ、10分レンジにかける。(盛大に果汁が沸いて吹きこぼれるので、できるだけ深いボウルに入れましょう)

(4) ラップを外してよく混ぜ、今度はラップをせずに7分レンジにかける。これで水分が飛ぶ。さらさらし過ぎと思っても、冷めると丁度良いジェリー状になる。

(5)器が熱くなっているので注意してレンジから出し、フォークで種をすくい出す。簡単に取り出せる。

冷ましたらきれいに洗い消毒した瓶やタッパーに入れ、冷蔵庫で保存する。

ヨーグルトに混ぜてもよし、冷たいサイダーや白ワインで割ると紅色が美しく、ノンアルコールビールで割っても爽やかでおいしい。
酸っぱさの素のクエン酸と豊富な鉄分とミネラル、カリウムで夏バテ防止に。
切ってレンチンするだけなので気軽に作ってみましょう。