子供の頃はエアコンなどなかったので、家でも家の棟続きの織物工場でも、主力は大きな石油ストーブだった。
 東京の大学に進み山形の実家を後にするまでそうだった。大きな縦型の石油ストーブとこたつ。そのストーブやこたつは寒い地域の調理道具でもある。

父方祖父と両親は織物工場をやっていたから、工場には一階にも二階にも、昔の映画で見るような大きな石油ストーブがドーンと置いてあった。
火力はすさまじく、それで10帖以上ある工場全体が暖まるのだ。
そしてストーブの上にはいつも大きな鍋が置いてあり、何かがふつふつと煮えていた。山形名物芋煮会用の大鍋である。
煮込まれているのは主に大根やカボチャ。味をしみこませるのに時間のかかる素材だった。
お汁粉用の小豆の時もあれば、うずら豆や大豆の五目煮、ヒジキ。人参と油揚げとコンニャクのお煮しめ。
色んな匂いが、雪に閉ざされた家と工場の中を漂っていた。換気扇は回していたが、そんなものでは追い付かない。

中でも私が一番好きなのが、鶏ガラスープの煮える匂いだった。
煮ものやシチュー用のだしをとるために母が頻繁に作っていたが、当時鶏ガラは近くのスーパーでただでもらっていたように思う。あまり使われないので、捨てられるものだったのかもしれない。
母は朝、家族の朝食の準備をしながら、ざるにとった鶏がらにさっと熱湯をかけ、骨に付いた血や脂肪、あくを洗い流したら、大鍋の底一面に敷き詰めて水をはる。
そして点火したばかりの工場の大ストーブの上に置く。それがいってらっしゃいと私と兄を送り出す冬の母の姿だった。

寒い寒いと帰ってきた後、兄と私がランドセルや防寒コートをしまいに工場脇を通れば、工場の大きいストーブからは既にこっくりと煮えた鶏ガラスープの匂い。
鶏臭さを消すために入れたネギの固く青い部分もふんわりと交じる、まるでラーメン屋さんのような、お腹のすく匂いである。

今日のご飯は何かな、お鍋かなと兄と話しながらテレビを見ていると、祖父と父が風呂から上がり、夕飯は案の定、朝から煮込んだ鶏ガラスープを使った鶏の水炊きだ。
ガラと一緒に入れたクタクタに煮えた長ネギは、香りを全部スープに出し尽くしているが、甘みとスープを吸った旨みが抜群で、私はいつもすくって食べていた。
とろんと甘い鶏肉、ふうふう吹いても中が熱くて地雷のような豆腐は、母の実家の豆腐屋からもらった、豆の香りの濃いものだ。
霜にあたって甘みが増してから収穫された白菜。色んな種類のきのこ。

一家揃ってテレビを見ながらの夕飯は早く、夕方の6時半くらいから。7時には食べ終わる。そして炬燵にすっぽり入って、祖父の膝の中に移動する。
祖父はよくこぼすので、こたつ上掛けにはバスタオルが縫い付けてあった。
翌日には水炊きの残りにスープを足し、春雨とネギと豆腐を追加して春雨スープ、また骨付きの鶏のぶつ切りと大根と里芋をあっさり煮た煮物。スープで炊いた雑炊、煮込みうどん。
大鍋いっぱいのスープは毎日火入れして食べ続け、三日くらいですっかりなくなる。その間もストーブの上には様々な煮込みがのり、帰って来る時にいい匂いを立てて私と兄を迎える。

息子が生まれて帰省した時、実家はすっかりガスや石油のファンヒーターに切り替わっていたが、もう閉鎖された工場に大型ストーブが1つだけ、残されていた。
でも鶏ガラスープは母がガスコンロで、少し小さめになった鍋で煮込んでいた。
 換気扇で外に追い出されていくスープの匂いは、やはり小学生時代に戻って嗅ぎたい匂いだった。

 

【レシピ・実家の鶏鍋】

【材料】

・鶏もも肉600g
・白菜四分の一個
・長ネギ1本
・ エノキ、舞茸、シイタケ等1パックずつ
・豆腐一丁

(薬味だれ用)
・大根10センチくらい
・ネギ20センチくらい
・おかか 好きなだけ
・生姜1かけ
・七味唐辛子


 

(1)鶏もも肉を角切りにしてざるにとり、沸騰した湯をさっとかけてあくを洗い流します。冷凍ものを解凍した場合は特にやりましょう。

(2)大きい浅めの鍋(土鍋でなくても)に湯通しした鶏肉を敷き詰め、鶏ガラスープを被るくらいに注いで中火にかけます。沸騰したら弱火に落として20分くらい煮ます。

(3)ざく切りにした白菜の軸の部分、長ネギの斜め切り、エノキや舞茸、シイタケ等のきのこ類の順に入れ、煮込みます。

(4)白菜の茎に火が通ったら豆腐一丁を8つ切りにしてバラバラに入れ(一か所に固めて入れるとそこだけスープが薄くなる) 豆腐が熱々になったら出来上がり。

鶏ガラスープが無かったら、200g分を鶏の手羽先にして、先に30分ほど煮込んでおきましょう。コラーゲンたっぷりの鶏スープ炊きになります。

骨付きのもも肉でもいいスープが出ますが、骨の断面から血のあくが出やすいので、特にまめにすくいましょう。
臭みが出ないように火は弱火より強めの弱火がいいです。

何が我が家流かというと、この具材を薬味たれにつけて食べるのです。
酸っぱいものが苦手な父と祖父だったので、ポン酢やスダチ、ゆず果汁などは食卓に上ったことがありませんでした。

薬味たれ…大根おろし、ネギのみじん切り、七味唐辛子、削り節、しょうがのすりおろし等を各人お好きなだけ取ってとりわけ用の小鉢で混ぜます。
全種類揃わなくても大丈夫ですが、大根おろしとねぎみじんと削り節は必須。(写真はこの3種)

 生醤油を好みのしょっぱさになるまで入れ、鍋の具をつけながら食べます。私は大根おろし多めが好きでした。

昭和40年代初めは冬場の青い野菜が貴重だったので、ネギの青い部分は全部使っていました。いい風味が出ますよ。