「図書館へ行こう♪」連載中の、かどやじゅんこです。
二館目の「つがる市立図書館」は、楽しんでいただけましたか。
ここ青森県でも、ブック&カフェスタイルの書店が増えました。
そして、公共の図書館にも、その波が確実に訪れているのを感じています。

このままでは紙本がなくなるのではないか、
電子書籍の台頭で一時、本気で心配していたことが、杞憂に終わることを祈って、これからも図書館を追いかけていきたいと思っています。

さあ、お時間です。本日もツアーにご参加いただき、ありがとうございます。

私には、忘れられない父との記憶がある。
月明かりの道。並んで歩く大きな影と小さな影。
大人になってからも、なぜか折にふれて思い出す場面だ。

幼い頃に暮らした町には、行きつけの本屋があった。
“行きつけ”なんて、決まったお小遣いもない小学生にしては、随分、生意気な言い回しではあるけれど、カラフルな本の表紙や、何に使うのかわからないような事務用品を眺めているだけでも、何だか楽しくて、学校帰りに少しだけ遠回りして通ってしまう、そんなお気に入りの場所だった。

 

 

その本屋には、国道沿いにショーウインドウを構える入口と、“行きつけ”だけが知っている、小さな裏口があった。普段は、小学校から近い裏口から出入りするのが常だったが、父と一緒に訪れる時には、さすがに正面口から入った。特にその日は、正面口から入らなければならない理由があったからなのだが…。

それは幾日か前に、ショーウインドウで見つけた絵本サイズのアニメ本。人間になることを夢見る妖怪の話で、主題歌とアニメの中のシーンの一部が収録されたソノシート付きという、私にとっては何とも魅力的なものだった。
ソノシートとは、今では見ることもなくなったが、薄い透明感のある素材でできたシングルレコードのようなもので、子どもたちに人気のアニメソングを収録したものが、よく雑誌の付録についてきた。

当時は、この妖怪が主人公のテレビアニメが子ども達の間で大人気だった。

“ごっこ遊び”もあったほどで、少し不気味で好奇心をくすぐられる異世界に、みんな夢中になっていた。そして、本屋でその本を見つけてからの私は、もうそれしか目に入らなくなっていて、学校からの帰り道、ウインドウの中にまだあることを確認しては、ほっとする日々が続いていた。
むろん、自分で買えるわけではない。父の承諾が必要だった。

ある日、仕事から帰って来た父に、欲しい本があると話してみた。
もちろん、妖怪うんぬんの話はしていない。
話したら、駄目だと簡単に言われそうな気がしたからだ。
どうにか、夕御飯の後に行ってみることになって、子どもの足で20分ほどの道のりを父と二人、あまり言葉も交わさずに、そわそわしながら黙って歩いた。

 

 

国道に出て少し歩くと、“行きつけ”の本屋が見えてくる。
はやる気持ちを抑えて、昼とは印象が違う、明かりがともったショーウインドウに近づくと、あった! 嬉しさではち切れそうになりながら、この本!と指差した時の父の顔は、あきらかに困惑しているようで、子ども心にも何だか申し訳ないような気持ちにもなったけれど、そこは踏ん張りどころ!
緊張で怒ったような顔をした私を見た父は、しぶしぶながら本屋のおじさんに声をかけ、ウインドウから出してもらうのに何とか成功したのだった。

初めて手にしたその本は、光沢のある、つるつるした厚みのある表紙で、頁をめくると次々にテレビで見たシーンが現れて、とても興奮したのを覚えている。

帰り道は、さっきとはうって変わって、おしゃべりが止まらない私に、相槌を打つ父の、どこか嬉しそうな横顔を見上げながら歩いた。
その日は果たして、満月だったのかどうか。長く伸びた大小の影は私たちとずっと一緒で、いつもより、夜道を賑やかにしてくれたように思うのだ。

 

振り返れば、父との思い出はたくさんある。

父の出張が多かったからか、私に兄弟がいなかったからなのか、
日曜日ともなれば、いろいろな場所に連れて行ってくれた。
楽しみにしていたのは、デパートの屋上遊技場。ゴーカート、コーヒーカップ、チンチン電車…、今はもう見かけない懐かしい遊び場は、当時の子ども達にとっての、まさにパラダイスだった。

もう一つの楽しみは、遊技場の一角にあったカウンターの、くるくる回る椅子に座って食べる、焼きそばとソフトクリーム!
ここのは、ラードでコクを効かせた“よそ行きの焼きそば”。小学校近くの店のおばちゃんが作るソース焼きそばとは、まるで違っていた。ソフトクリームはバニラだけの時もあれば、チョコレートとミックスにする時もあった。
実はこんなに美味しい焼きそばには、それ以来、一度も出合えていない。そう思うのは、思い出というエッセンスが振りかけられているからかもしれないが。

 

 

父は、本を読むのが好きな人で、特に推理小説が好きだったように記憶している。最初に文庫で買ってきてくれた探偵ものは、反抗期を迎えていた時期と重なって、しばらく放置してしまったけれど。その後のブームも手伝って、いつしか夢中になり、同じ作家のシリーズを買っては時間を忘れて読んだ。

そんな、本を読むことの面白さを教えてくれた父は、もういないし、
あの本屋も、あの町にない。

そういえば、もう何年も月明かりに照らされた自分の影を見ていない。
夜道をゆっくり歩かなくなったから。
車でばかり移動するようになったから。

スマホのスイッチを切るのは難しいけれど、家族、友人、恋人、夫婦…大好きな人と月明かりの下を歩きながら、とりとめのない話をしてみるのもいいな。

忘れられない大切な思い出が、きっと、あなたの胸に宿るかもしれないから。