いまや盛岡の風物詩
マニア受けの「あるもの」

 岩手県庁の目の前に建つ鳥居をくぐった先にある桜山界隈。間口が狭い飲食店が軒を連ねた、盛岡のディープゾーンだ。盛岡三大麺のひとつ「盛岡じゃじゃ麺」の元祖である「白龍」やセンスのよい雑貨を扱う店、居心地のよい喫茶店などもあり、盛岡っ子にとっては馴染みエリアである。この界隈の中心的存在が「櫻山神社」だ。
 櫻山神社は、南部家初代・南部光行公、盛岡藩初代・信直公らを祭神とする由緒ある神社で、盛岡っ子からは「桜山さん」と親しまれている。

 櫻山神社は、初詣や節分祭、七五三祭などの祭事近くなると、〝あるもの〟が飾られる。それがマニアックすぎて、毎回、サブカルチャー好きにはたまらないものとなっている。

 〝あるもの〟のひとつが、これ!

 これは、今年(2017年)の元旦に飾られたもの。松本零二の漫画によく登場する「トリさん」である。色は白いけれども、このフォルムはトリさんだ。一瞬見たとき、「キャプテン・ハーロックのトリさんだ!」と思ったが、よく見ると、サルマタケをくわえている。
 「こ、これって、男おいどんかーーッ!」
 反対側にはシャガール風の鶏がいるし、しかも、神門にぶら下がっていたのは「バビル2世」の怪鳥ロプロス。

 酉年に引っかけて、トリさんと怪鳥ロプロスなんて、マニアックすぎる。昭和世代のおじさまたちはニヤニヤものだろう。
 節分には、「ジョジョ鬼」が神門前に立ち、盛岡さんさまつりになると、そのジョジョ鬼がさんさ太鼓を持っている。「ジョジョの奇妙な冒険」をアレンジしたオブジェは、子どもたちや若者に人気だ。
 今年は、何をつくってくるのだろうかと楽しみにしている盛岡っ子も多い。

 これらを制作したのは、櫻山神社の権禰宜・佐藤辰吾さん。
 ちなみに、佐藤さんは、七五三のポスターも描いており、テレビ番組「ナニコレ珍百景」で紹介されている。

(左)ピカソ風 (右)クリムト風

 

 12月に入り、あるサブカルおじさまから佐藤さんが戌年に向けて新たなオブジェの制作を始めたという情報を入手! 制作現場を密着取材させてもらえることに。
 あれもこれも聞きたい、見たいという興奮を抱え、桜山さんへ。

 

「あっ! 尻尾がとれちゃった」

 

ウケ狙いは、
おじさんホイホイ

 桜山神社の神殿の前に立つ。賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二拝二拍手一拝。神殿の左右にシャガール風の鳥とトリさん。それがもうすぐ犬に変わる。
 佐藤さんは、どんな犬をつくっているのだろうか。

櫻山神社の権禰宜・佐藤辰吾さん

 

「実は、1体完成しているのですよ」
 佐藤辰吾さんが見せてくれたのは、白い犬。
「これは、まじめなほうです。そして、いまつくっているのがウケ狙いのほう」
 佐藤さんは、毎年、まじめなものを1体、ウケ狙いを1体制作している。今年でいえば、シャガール風がまじめなもの、トリさんがウケ狙いということになる。

 この白い犬の名前は、「みよちゃん」。中型犬くらいの大きさで、ヒゲも再現されている。
 普通の白い犬だが、桜山神社の職員や近隣の人々にとっては、思い出深い犬である。
 「みよちゃんは、以前、神社で飼っていた犬です。近所の人たちが『みよちゃんじゃん』と思い出してくれればいいなと。あとで、赤い首輪とリードを買ってきてつけます」
 よく知っている犬だけに、完成した「みよちゃん」に対してのクレームが多かったという。
 「目の大きさが違うとか、涙やけはこんなんじゃないとか」と佐藤さんはぼやく。

 

 完成した「みよちゃん」を脇に、佐藤さんが取り組んでいる2体目がこれ。ウケ狙いバージョン。
 「こ、これって……。えーと」
 「元日まで内緒ですよ!」
 「もちろんです!」

 発泡スチロールの板を張り合わせ、ペンで輪郭を描き、カッターナイフで削っていく。時折、もととなるカラーイラストを確認し、また削っていく。
 「漫画って、立体のものを二次元にするでしょう。僕はそれを立体に戻していく。難しい作業ですよ」と話しながら、手を休めない。

 作業は、神社の仕事がすべて終わってから。
 「年末に向かうにつれ、忙しくなっていくから、1体につき2日間くらいでつくりあげます」
 作業場には、発泡スチロールや道具が散乱している。

 「気がつくと真夜中になっていることもあって。そのまま寝ちゃって、出勤してきた職員に『佐藤さん、朝ですよ』と起こされることもあってね」
 ある程度、形になったら、紙やすりで表面をなだらかにする。その後は、紙粘土で整形したり、ボアの生地を貼ったり、色つけをしたいりして完成となる。素材は、100円ショップやホームセンターで買い、安く仕上げる。
 「やっぱり、犬の毛並みの質感を出したいですね」
 細かいディテールにもこだわるところは、「ものをつくる人」だ。

 

 さて、「おじさんホイホイ」と別名がついている、ウケ狙いバージョンの正体はというと……。
 今回は、内緒。
 そして、佐藤さんがヒントとして取り出したのは、1個のみかん。

今回の重要アイテムであるみかん。

 

 1月1日になると同時に、神殿に向かって左側に「みよちゃん」、右側にウケ狙いバージョンが並ぶ。もちろん、神門にもオブジェがこっそりと飾られる。 それは、櫻山神社へ初詣に出かけてからのお楽しみ。

 

【次回予告】
 ウケ狙いバージョンの完成品をはじめ、佐藤辰吾さんが干支にちなんだオブジェや七五三のポスターの制作を始めたきっかけ、インスピレーションの源をデイープに紹介。