まるで静かにうねる本の海のよう

 

ある時、偶然にも、日本有数のジャズフェスティバルで知られる八戸市南郷地区で、何とも素敵な図書館に出会った。八戸市立南郷図書館。平成28年度の八戸市景観賞にも選ばれた、片側の壁面のほとんどがガラス張りのコンクリート造の建物は、近くの道の駅からもよく見え、好奇心をそそられる存在感を放っている。濃い緑の木々に囲まれるように佇む建物に、おそるおそる近づいてみた。駐車場の前にはよく手入れされた植栽が、木製のルーバーフェンス越しにのぞいている。何ともお洒落な外観に期待が高まる。

玄関までのアプローチにはアート作品を思わせるモニュメントが連なり、現代人にとってもはや無用の長物となった冒険心がくすぐられる趣向に胸が躍る。自動ドアが素早く開いた瞬間、空気ががらりと変わった気がした。ギャラリーを兼ねたシンプルな空間が続き、閲覧室はどうやらその先にあるようだったが、ふと思いついて少し戻り階段を昇ってみることにする。2階のホールを奥へ進んで思わず息を飲む。ガラスの壁のその先には、吹き抜けのオープンフロアが眼下に広がっていた。まるで静かにうねる本の海のようだ!ハイサイドライトから柔らかな外光が絶えず差し込んで、なんとも心地良さそうだ。

図書館の回りは植栽が美しい
期待が高まるアプローチ

 ……(残り文字数2,500文字以上・写真点数12点)

 

 

本を読む自由、そして知る自由を図書館で

夕暮れが近づくと、間接照明が浮き立つ不思議な空間へと姿を変える

図書館。その響きから、あなたはどんなことを想像するだろうか。

放課後、試験勉強、夏休み、居眠り、待ち合わせ…。電子書籍が当たり前の時代においても、印刷された本は今なお健在で、紙の匂いや手触り、頁をめくる仕草までもが愛おしく感じられる。そんな手の中で確かな存在感を示す紙本の魅力にはまっている人は決して少なくないと思うのだが、いかがだろう。それを最も享受できるのが図書館という聖地。図書館戦争という映画では、社団法人 日本図書館協会による「図書館の自由に関する宣言」をテーマに、規制しようとする側と本を読む権利を守ろうとする側との戦いが、自由という名のもとに激しく繰り広げられる。宣言を広義に解釈すれば、図書館は訪れる人々を決して拒まないという、素晴らしい理念の元に運営される施設となる。通りすがりにブラリと立ち寄っても、たとえ一度も本を開かなかったとしても、図書館はいつもと変わらずあなたを迎える。もしも個性的で魅力的な本の誘惑を、あなたが見事かわせたらの話ではあるのだが…。

小は大を兼ねる図書館があってもいい

大きなガラス窓から自然光を取り入れた雑誌コーナー

八戸市立南郷図書館は平成17年2月1日の開館。開館当初は南郷村だったが、2ヶ月後の3月31日には八戸市と合併し八戸市南郷図書館となった。開館当初は3万冊の蔵書からスタートしたというのだが、小さな村の図書館とは思えない開放的なスケール感が秀逸だ。図書館はどんどん蔵書が増えていくもの。それを前提に設計しているにしても、ここまでの空間構想は素晴らしい。現在の蔵書は2倍の約6万冊。それでも規模が小さい部類というが、ここにない本は、本館の八戸市立図書館から取り寄せることも可能というから、むしろ司書が厳選した本をじっくり読むという楽しみを享受してみるのがいい。

整列する書架に心ときめく眺め

南郷図書館最大の魅力は、何といっても縦にも横にも広がる開放的なワンフロアの設えだろう。天井までの仕切り壁がどこにもなく、フロア中を見渡せるレイアウト。この贅沢な空間を身近でどう感じているか、佐藤 祐子館長にうかがうと「たしかに開放的ですが、声が響きやすい。それが利用者さんにとっての負担になっていないか、少し心配なところもあります」と話してくれた。いやいや、むしろ互いに気を使うくらいが丁度良い。きっと優しい心が、子ども達の中に育まれるのだと思わずにはいられない。

好奇心を全開にして、フロアの探検へ

貸し出しカウンターから見た大空間、気持ちがいい!
毎月変わる特集展示コーナー。まずはここをチェックしたい
子どもたちに大人気のキッズコーナー

さあ、先に進もう。いよいよフロアの探検へ。入口を抜けると貸し出しカウンターは左手。目の前には、毎月変わるという特集展示コーナーが図書館好きの心をくすぐる。というわけで、書架を眺める前に今月のおすすめ本をチェックしておこうか。ちなみに10月は「○○の秋!」「詩を読もう!」「海外文学のおすすめ」、インターンシップの一環で高校生たちが作ったハロウィンコーナーも楽しくて、つい時間を忘れそうだ。その先には一般図書の書架が並び、なかなか壮観だ。右手には、子ども達が真っ先に向かうという児童図書エリア。低い書架の中心に、小さな椅子がいくつも配された丸テーブルが愛らしい。自然光が差し込むガラス張りの一角には、雑誌や新聞が読めるコーナー。小春日和の陽を受けて、年配の男性が気持ち良さそうに雑誌を広げていた。

南郷ジャズフェスティバルのパンフレットコレクション

今度は左手奥に行ってみようか。ここにはジャズの町らしく、これまで28年にわたって開催してきたという、ジャズフェスティバルの資料や書籍が並ぶ一角がある。フロア中に目が届くレイアウトながら、ここだけは他人の視線をかわせる唯一の場所となる。表に向かって切り取られた窓からは、赤や黄に染まった木々が一幅の絵のようで何とも美しい。ジャズファンを意識したレンガ調の壁とスポットライトが効いている。ここで一人ジャズに思いを馳せたら、きっと時間を忘れてしまうのだろう。そんな光景がふと頭に浮かんで、消えた。

ワンフロアの中の隠れ家、ジャズコーナーはカウンターの設え

図書館という小さな街を旅する幸せ

南郷図書館の秀逸なところは、もうひとつ、点在する閲覧席の配置の妙にある。雑誌を読むための朱色の布張り椅子、ジャズを楽しむためのカウンターテーブル、郷土史に親しむための重厚なスクエア型の椅子。図書館には珍しい、八戸市出身の文豪・三浦哲郎の書斎をイメージした和室の座布団。ここには三浦氏が愛用していた本物の文机があるのだが、この日は特別展へ貸し出し中だったのが残念だ。どの人にもそれぞれ気に入った場所があり、ここを訪れると真っ先に視線を投げ、空いているのを確認してはほっとした顔でいつもの席へと向かっていく。そういえば取材中、ずっと真ん中のテーブル席に座って本を読みふける女性がいた。本当は写真を取りたかったのだが、時折顔を上げてはゆっくりと外を眺める姿を見て、撮影するのをあきらめることにした。

ここが彼女の一番なのだから、誰にも邪魔されたくないのだから…。

深まる秋、窓からの景色が素晴らしい
手前が郷土コーナー、奥がジャズコーナー
和室は居心地が良すぎてついウトウトと…

そういえば、ここは書架に取り付けられた照明とデスクライト以外、ほとんどが暖色系の間接照明だという。何でも「本を読むぎりぎりの灯り」なのだそうだ。敢えてそれを狙った造りだとすれば、なんと粋な遊び心だろうか。秋の日はつるべ落とし。日が短いこの時期だからこそ楽しめる、図書館の佇まいがあるはずだ。ハイサイドライトから星がのぞくのかもしれないし、満月の日は月の光だけで本が読めるかもしれないと想像してみた。南郷は蕎麦の里でもある。この季節、うまい新蕎麦を食べがてら訪ねてみて欲しい。図書館は本を、本のある風景を愛する人なら誰をも拒まない。旅の途中で出会った図書館。寄り道という小さな旅を選択してみたら、きっと人生が輝きだすに違いない。

図書館スタッフの皆さんが迎えてくれる

八戸市立南郷図書館

  • 青森県八戸市南郷大字市野沢字中市野沢39-1 TEL 0178-60-8100
  • 開館時間:平日9時〜19時 土日祝日9時〜17時
  • 休刊日:祝日の翌日(翌日が土日の場合は次の月曜)・館内整理日(月末最後の平日)・年末年始(12月28日〜1月4日)・図書整理期間(H29年度は1月下旬〜2月初旬の予定)
  • https://m.facebook.com/nango.public.library